第1位:DJ Khaledが「天の主」に対して感謝を述べた讃歌「GOD DID」(2022年Hip-Hop名曲名盤ベスト20!)

ついに2022年の第1位を発表する時がやってきました。

2022年の第1位に輝いたのは,DJキャレド(DJ Khaled)率いる錚々たる顔ぶれが集まって作り上げた楽曲「GOD DID」です。

楽曲「GOD DID」では,リック・ロス(Rick Ross),リル・ウェイン(Lil Wayne),ジョン・レジェンド(John Legend),フライデー(Fridayy)そしてジェイ・Z(JAY-Z)がフィーチャリングされています。

これは,ひと言で言うと,神への感謝を歌にしたものです。しかし,ご案内のとおりジェイ・Z(JAY-Z)はキリスト教徒ではありません。宗教は明かしていません。また,DJキャレドにしてもキリスト教徒ではなく,自分で公開しているとおり,DJキャレドはイスラム教徒です。つまり,神(GOD)と言いつつも,彼らが「GOD」というものは神のみならず,それは「天」であり,「アッラー」であり,「シヴァ神」であり,「天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」であるのです。我々人間を遠く高いところから見守ってくれているものに対する讃歌です。

まずはそれを理解していただいて,次に進みます。

DJキャレドが曲中で言う「they」とは「人間」のことです。それに対比させて「GOD」を持ってきています。そしてその後キャレドはこう言います。「GOD DID」であると。ここで過去形(DID)を使っています。現在形(DO, DOES)や未来形(WILL DO)ではありません。過去形,つまり,すでにGODがしてくれたことに対して感謝しているということです。何かをしてくださいというお願いをするのではなく,すでに与えられた(過去形)こと,すでにしてもらった(過去形)ことに対して,ありがとう,と言っているのです。

ここまでの大成功者であるこの4人が集結して,全員で,なんらかの高きエネルギー体に対して,感謝を述べているという構図です。

それから,もう一つ重要なのは,曲の冒頭でDJキャレド(DJ Khaled)が言う言葉です。DJキャレドはラップはしません。その代わり,重要な言葉を言います。歌うわけでもなく,ラップするわけでもないですが,ビートを制作し,曲をプロデュースさせ,そしてたまに曲でたいせつなことを「言い」ます。

こう言います。

While you hatin’ and being jealous
You could be over here embracing that love
More love, more blessings, more life

訳:
人を嫌ったり,他人に嫉妬している暇があるのなら
こっちへ来て,愛を受け入れようではないか
もっと愛して,もっと恵みを与えられ,もっと生きる

DJキャレドが誰かとビーフをやっているといったことを聞いたことがない。DJキャレドが誰かのことを陰で悪く言っていることを(これだけSNSが発達している時代に)ひと言も聞いたことがない。DJキャレドから出てくる言葉は愛しかない。

こんなラッパーというかラッパー関係者は今までいなかった。
あのディディでさえ,ウェッサイ(西側)と対決していた。
しかし,DJキャレドは人と対決するということさえしたことがなかった。
これはもう,ヒップホップ界で唯一,そんなことができるのはDJキャレド(DJ Khaled)しかいない。これまでヒップホップのエッセンスなどと呼ばれてきた「ラップ対決」が最も相応しくない人物がこのDJキャレドなのだ。

さて,この曲に3人の人物をDJキャレドは起用した。2010年以降,ヒップホップ界を牛耳った巨漢のマフィア・ラッパー=リック・ロス(Rick Ross)。彼はDJキャレドと同じくマイアミ出身。映画『スカーフェイス』のロケ地ともなったマイアミは本物のマフィアが麻薬を取引するということが起こることが多い場所である。リック・ロスが無名から有名にのしあがったその隣には,常にDJキャレドの存在があった。

もう一人は,ニューオーリンズ出身のリル・ウェイン(Lil Wayne)。90年代後半から深南部(Deep South)出身のラッパーとしてヒップホップ界に君臨。アルバム『The Carter III』は,リリース後1週間で,はい,1週間で,100万枚以上の売り上げを出すという,ヒップホップ史上最も売れたアルバムを出した張本人。しかも大ベテラン。1995年からラッパーとして活動をしており,もう27年経っている。1982年生まれなので,13歳からプロフェッショナルにラップをしていた計算になる。そのリル・ウェインが今さらではなく,今であるからこそ,神がしてくれた(過去形)ことに対して感謝を述べた讃歌(GOD DID)をこうして捧げた。

3人目はジェイ・Z(JAY-Z)。
ジェイ・Zはこう言います。

Sometimes I feel like Farrakhan talkin’ to Mike Wallace
I think y’all should keep quiet

訳:
時に思う,俺はマイク・ウォレスと議論するルイス・ファラカーンかと
あんたらに言われる筋合いは無い

「I think y’all should keep quiet(おまえら,黙っとけ)」というのは,1996年,米CBSネットワーク局の報道番組「60 Minutes」において,ルイス・ファラカーンがマイク・ウォレスに言い放ったフレーズです。

ジェイ・Zのヴァースは3分05秒から始まり,6分48秒で終わります。この3分43秒の間,ぶっ続けでジェイ・Zはラップをするわけですが,その間に言ったこと全てがルイス・ファラカーン(Louis Farrakhan)であるようだ,というのです。

ルイス・ファラカーンは上記インタヴューで,マイク・ウォレスに対して言います。ナイジェリア政府の批判をする前に,自国(アメリカ)の政府がどれだけ腐敗(corrupt)しているか分かっているか。ナイジェリアは(インタヴュー当時1996年)建国してわずか35年しか経っていない国であるのに対し,アメリカは独立して220年経っているにもかかわらず,いまだにこんなにも汚職のある国である,と。人のこと言う前に,自分を省みてみよ,と。

つまり,3分43秒でジェイ・Zがラップしていることというのは,ルイス・ファラカーンのインタヴューから26年経った今,2022年,アメリカを知る上で最も重要なことである薬(ドラッグ)の世界とそれを取り巻く法律(the laws)についてなのである。

ジェイ・Z(JAY-Z)という人間は,経済的な豊かさを手に入れることに成功した後は,法律を揺さぶる(つまり政府を動かす)ことにまで影響力を持ち始めたのである。ミーク・ミル(Meek Mill)を刑務所から出してやったことについてもそう。大麻(cannibis)をNY州で合法にしたというのもそう。ひと昔前までは非合法であったことを,政府を巻き込んで,政府の決断に対して影響力を持つということを,公にやる,という,世界最大のヘッジファンド,ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者であるレイ・ダリオが著書『Principles(邦題:人生と仕事の原則)』で述べていた第一の原則である「徹底的に隠し立てをしない」をまさにやってのけているという,成功するための大原則をジェイ・Zは我々にラップをとおして教えてくれているというなんと贅沢なことであろうか!

そしてこういった歌詞のラップを聴く際に,我々に求められている態度は,「徹底的にオープンになる」ということである。ちなみにこの「徹底的にオープンになろう」というのは,前著『Principles』の3番目の大原則でもある。

ジェイ・Zはこう言います。

Odds wasn’t great, we’d even be alive
Gotta be crazy to y’all niggas, we surprised
Shit is too much how we grew up
Shit don’t even feel real to us

訳:
俺らが生き残る確率は,極めて低かった
どうしたことかと,おまえらもビビってる,俺らこそ驚いた
どんだけ苦労して,大きくなってきたか
あの頃のこと考えると,いまの人生が本物(リアル)だとは到底思えない

しかし・・・

HOV DID.
(ホヴァは生き残った。)

そしてそれを聴く私の態度として,この4人に生かしてもらっていることに,感謝。KHALED DID.

取り敢えず,2022年のベスト20はここで終了いたします。
ここまで読んでくださって,ありがとうございました。
いえ,たとえ読んでくださっていなくても,このページに来ていただいて,ありがとうございました。

ヒップホップの歴史は,この曲がそうであったように,常に新たに絶え間なく刻み続けられています。

2022年,あらゆる素晴らしい音楽が誕生しました。このページで紹介できるのはほんのわずかな数ですが,それでもこのページに来てくださっていて,感謝しています。

どうもありがとうございます。

2023年も,どうぞ,よろしくお願いいたします。

(文責:Jun Nishihara)

第2位:ドレイク『HONESTLY, NEVERMIND』及び,ビヨンセ『Renaissance』のアルバム (2022年Hip-Hop名曲名盤ベスト20!)

2023年、新年に相応しいアルバムはこちらです。

第2位、ドレイク(Drake)のアルバム『HONESTLY, NEVER MIND』と,
ビヨンセ(Beyonce)のアルバム『Renaissance』です。

上記両方のアルバムは,2022年にリリースされた名盤中の名盤です。
ドレイクの『HONESTLY, NEVERMIND』については,ドレイクが意図したものか意図しなかったものかは分かりませんが,Hip-Hopという音楽のジャンルに対してある種革命的な衝撃をもたらしたアルバムであることは否定できない事実でしょう。
ビヨンセの『Rennaisance』も然りです。
この2枚のアルバムに共通していることは,これまでのHip-HopやR&Bといったジャンルに与えられていた固定観念をぶち壊してくれたアルバムである,ということ。それは「ダンス」という芸術表現にだいぶ助けられました。もっと言うと「ダンス・ミュージック」という表現です。ドレイクとビヨンセ,いずれも長年のキャリアを持つ今となっては大ベテランの二人が,この2022年に「ダンス」を選んだ(それは意識的になのか,無意識なのかはさておき)というのは感動すべきことであるということをあまり多くの人は気づいていないかもしれません。

ドレイク(Drake)に至っては今年2022年にアルバムを2枚リリースしました。第3位の『HER LOSS』と第2位の『HONESTLY, NEVERMIND』です。

アメリカでは,というか,世の中は『HER LOSS』のほうを名作と呼んでいる傾向にあるようです。YouTube上のあらゆるHip-Hopアルバム評論ユーチューバーたちを見ても,そういった論評が多いですね。『Her Loss』と『HONESTLY, NEVERMIND』、この2枚のアルバムの違いは,つまり,こういうことです。
偶然の賜物(自然(ゼロ)から誕生したもの)を選ぶか,その偶然を生かして作り上げた創造物(いわば副産物)を選ぶか,という判断に委ねられます。ここは個々人の判断が分かれるところかもしれませんが,私は「自然」のほうを選びました。なので,『HER LOSS』(副産物)を第3位にして,『HONESTLY, NEVERMIND』(自然)をそれより上位の第2位としました。

なぜ,『HONESTLY, NEVERMIND』が“自然”なのか。それは,これまでドレイクが作り出すことを期待されてきた音楽とは全く異なるものを作り出したということ,だからです。期待どおりにしなかった。これまでドレイクのキャリアで,『More Life』というダンス・ミュージックをメインに入れ込んだアルバムはあったものの,それはドレイクの方向性であるべきではないとずっと言われてきた。評論家や一般リスナーたちから。むしろ,一般的なヒップホップリスナーたちの論調としては,ドレイクはダンス・ミュージックを作るべきではなく,Hip-Hopに回帰すべきである,という論調が大多数の意見であった。しかしながら,ここで,今年2022年,ドレイクはそれに反して,ダンス・ミュージックをフルに使った『HONESTLY, NEVERMIND』を世に出した。人間が意識的に作り出した人工物なぞは、自然の力の前には到底及びもしません。それだけ自然の力には、破壊力というとんでもない威力が潜んでいます。まさにHip-Hopの世界において,このアルバム『HONESTLY, NEVERMIND』は破壊力がでかく、衝撃的なアルバムであった。それに気づいていないヒップホップリスナーたちは,いまだに最後の収録楽曲である「Jimmy Cooks」が一番良い曲であると,勘違いをしている。ドレイクが21サヴェッジ(21 Savage)とコラボした曲は,これまで何曲かありますが,どれもヒットしているところを見ると,「Jimmy Cooks」がこのアルバムで最高の曲であると勘違いする輩(やから)が多いのも理解はできますが,しかしそれがドレイクの良さではない。ヒットすれば良いという訳ではない。全米ビルボードで1位になれば,それがHip-Hopで同じように評価されるかというと,そうではない。ドレイクと21サヴェッジの相性がいいのは確かでしょう。しかしながら,ドレイクの本当の良さはそこではなく,何も無いところから,ゼロから,『HONESTLY, NEVERMIND』のようなアルバムを作れるところにあるのです。ついては,『HER LOSS』は,21サヴェッジとのコラボレーション曲(「Jimmy Cooks」)を気に入ってくれたファンに対するプレゼントのようなもので,これは偶然ではなく,ドレイクもしくは業界が意図して作り出したものにすぎないと考えます。しかし,期待されて作り上げたものが期待以上のデキであるというところが,ドレイクの凄いところなのですが,いくら期待以上のデキだとしても,それは“自然”には到底勝てるものではありません。

ここで話をガラッと変えて,ビヨンセ(Beyonce)の2022年最高傑作アルバム『Renaissance』に移りたいと思います。

名曲が幾つも輩出されました。ここに3曲掲載しておきます。どれもTikTok上,Twitter上,Instagram上で,あらゆるSNS上で、素人たちがダンスを踊って投稿する音楽(ダンス・ミュージック)として起用されました。

Beyonce – “CUFF IT”

Beyonce – “ENERGY”

そして,アルバム収録楽曲の中でも衝撃的だったのが,こちらです。是非ともこれを爆音にして聴いてください。
Beyonce – “ALIEN SUPERSTAR”

そして,こちらの楽曲も掲載しておきます。ビヨンセの「Virgo’s Groove」です。このアルバム『Renaissance』には名曲に次ぐ名曲が収録されていますので,通して聴くべきアルバムです。

2023年,ドレイクとビヨンセの新しきダンス・ミュージックの世界はしばらく続きそうです。

(文責:Jun Nishihara)

第3位:ドレイク x 21 Savage の共同作『Her Loss』アルバム (2022年Hip-Hop名曲名盤ベスト20!)

あけまして、おめでとうございます。
2022年はありがとうございました。
今年2023年も、どうぞ宜しくお願いいたします。

2023年まず一発目はドレイクです。

2022年、ドレイクと21サヴェッジ(21 Savage)がコラボレートして作り上げたアルバム『Her Loss』がヒップホップリスナーの間でバカウケしました。21サヴェッジとコラボ作を作ってもらいたいというドレイク・ファンの思いをそのまんま受けて,期待どおり,否,期待を上回るアルバム『Her Loss』を作り上げたという構図です。

つまり,『Her Loss』には制作される前,その先に,ファンの思いがあった。ファンの思いが形となった。

このアルバムで特筆すべきは,ビートスウィッチ(beat switch)です。アルバム冒頭からそれが顕著に出ている。1曲目「Rich Flex」の再生時間2分25秒を過ぎたところですね。

ということで,それぞれの収録楽曲のビートスウィッチ再生時間を以下にまとめておきます。他のサイトでこんなことやってるサイト,ある??

1曲目「Rich Flex」3分59秒の曲中,再生時間2分25秒を過ぎたあたり。
2曲目「Major Distribution」2分50秒の曲中,わりと早く0分32秒(「Magic City need a business office.」というフレーズが笑いですね。アトランタ最大のストリップクラブであるマジック・シティにビジネスオフィスが必要だと(笑)。)
3曲目「On BS」ビートスウィッチなし。
4曲目「BackOutsideBoyz」ビートスウィッチなし。
5曲目「Privileged Rappers」末尾にあります。2分26秒。
6曲目「Spin Bout U」ビートスウィッチはなし。サンプリングからビート入るビート・インは0分12秒にあり。
7曲目「Hours In Silence」6分39秒の曲中,2分03秒を過ぎたところです。
8曲目「Treacherous Twins」ビートスウィッチなし。
9曲目「Circo Loco」ビートスウィッチはなし。サンプリングからビートへのビート・インは0分17秒にあり。
10曲目「Pussy & Millions」2分04秒になかなかデカいビート・ドロップあり。ここが3分10秒のビートスウィッチに繋がります。そしてまた3分39秒でビート・ドロップに戻るので,ダブルにビートがガラッと変わる本曲はビート制作の面で,名曲と呼べるかもしれません。あと,聴き比べてもらいたいと思うのですが,曲中0分30秒の箇所と,2分04秒の箇所との違いです。いずれも歌詞は「Bring on a muthafuckin’ problems!」ですが,ビートの入り方が異なるので,極めておもしろいですよ。
11曲目「Broke Boys」3分45秒の曲中,1分54秒で,かなりデカいビート・ドロップあり。ここから曲の雰囲気はガラッと変わります。この曲についてもう一つ突飛なことがあるとすれば,曲の入り方ですね。まるで途中から始まっている錯覚を受ける。冒頭の曲入りは複雑なことになってます。
12曲目「Middle of the Ocean」5分56秒の曲中,1分52秒にビートスウィッチ発生。そして再度,4分49秒でビートスウィッチ発生。1曲をとおして,2002年,2003年の匂いがぷんぷんします。ぷんぷんします。
13曲目「Jumbotron Shit Poppin」ビートスウィッチなし。
14曲目「More M’s」ビートスウィッチなし。
15曲目「3AM on Glenwood」2分58秒の曲中,2分27秒で微かなビートスウィッチあり。
16曲目「I Guess It’s Fuck Me」ビートスウィッチなし。

(文責:Jun Nishihara)