アレサ・フランクリンに捧げた記事(米TIME誌より)

店頭で何気なく手にした米TIME誌に,アレサ・フランクリンの記事が載っていた。「アレサ・フランクリンが歌い始めた時,月と太陽が輝きだした」(When Aretha Franklin sang, out poured the sun and the moon.)という一文で始まる。英語は倒置法を使用している。冒頭の一文にとっておきの用法だ。「アレサの声は希望を纏った哀しみであり,喜びであり,人生に完璧なものなど何も無いという達観であった。しかし,その声は,いつだって光を放ち,輝きを解き放っていた。」(Her voice was optimism shaded with sorrow, joy tempered by the understanding that nothing in life can be perfect – but above all it was a sound that both absorbed and radiated light.)

この記事は,米TIME誌に所属する映画評論家,ステファニー・ザカレック(Stephanie Zacharek)が書いた記事だ。文中に“explosive”(爆発的)という単語を使っている。なにを表現しているかといえば,まさに,アレサの声だ。

「アレサ・フランクリンは,ビリー・ホリデーや,ニナ・シモン,そしてマハリア・ジャクソンたちが築き上げたいしずえから生まれた歌手である。また,その逆に,アレサ・フランクリンがいなければ,ドナ・サマーも,シャカ・カーンも,ホイットニー・ヒューストンもいなかっただろう。そしてジャネル・モネやリアーナ,そしてビヨンセも生まれていなかった。」(Franklin emerged from the multiple paths forged by Holiday, Nina Simone and Mahalia Jackson. Without her there could have been no Donna Summer, Chaka Khan or Whitney Houston; nor would there be a Janelle Monae, a Rihanna or a Beyonce.)

先の文に不定冠詞の“a”を使い「a Janelle Monae, a Rihanna or a Beyonce」と書いているのは,まさに逆説的であるが,複数を意味しているためである。「ジャネル・モネのようなアーティストたちも,リアーナのようなアーティストたちも,ビヨンセのようなアーティストたちも」アレサがいなければ生まれていなかった,というニュアンスを不定冠詞はもたらしてくれている。

「表現をすることに長けており,また,(表現を)抑えることに優れているアーティストであった。」(She was an expert at both expressing and hiding.)

記事全文はこちらで読むことができます。
http://time.com/5367138/aretha-franklin-appreciation/

以下↓は1968年6月28日付米TIME誌の表紙です。
aretha-franklin-cover

以下↓は1961年コロンビア・レコーズから初リリースしたLPジャケです。
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この記事で,評論家であるステファニー・ザカレックは最後にこう書いています。

「この長い歴史の中で一瞬のあいだ,われわれはクイーン(アレサ)とともに生きる恩恵に預かった。この国のもっとも過酷で困難を極める時代に,アレサ・フランクリンはその声でわれわれに歌を授けてくれた。そして“彼女の歌”を標(しるべ)に,われわれはあとにつづいた。アレサ・フランクリンはわれわれに多くのことを教えてくれた。彼女の歌声を聴く喜びとともにありながら。」(Yet for a time, this sweet land of liberty was graced with a queen. She sang her way through one of our nation’s most charged and challenging eras, and we followed the sound of her voice. She taught us so much, just because it was pure joy to listen.)

こういった文章を読んでいつも気づかされるのであるが,彼女のようなスーパースターと「同じ時代」に「同じ空気を吸って生きることができた」ということに,ほんとうに感慨深いものを感じる。アレサ・フランクリンと同じ時代に生きられたというのは,当然のことではないし,とてもラッキーなことであると思っている。糸井重里さんがビートルズを語っていたときに言っていたのを憶えているが,ビートルズが活動していたのは8年と,意外と短い。しかしその8年間のビートルズを,10代の頃の糸井重里は,リアルタイムで体験していた。今の若者は(若者といわなくても,30代や40代でも)もうビートルズが活動を終えたあとで,「アーカイブとしてぜんぶいっぺんに聴いているわけ」なのである。そう,アーカイブとしてぜんぶいっぺんに聴いている,というのは,「明日ビートルズの新しいアルバムが出るぜ!」とか,「明日ビートルズのライヴコンサートに行ってくるぜ!」とか,もう無いということだ。だって,もうアルバムは全部出てしまっているし,あのワクワク感は,もう経験できない。リアルタイムで聴いていた人は,そのワクワク感を,リアルタイムで経験していたということだ。それをわれわれは,アレサ・フランクリンで,経験できていたんだ。

糸井重里さんは,ビートルズについてこう語っていました。

「まあ、あれだ、ビートルズに影響を受けたり
憧れたりした人はものすごくたくさんいてね、
たとえ何年経ったとしても、
その人たちのなかには「ビートルズ」が
脈々と血として流れていると思うんです。」

アレサ・フランクリンをリアルタイムで聴いていたわれわれの血には,たとえ黒人でなくとも,「アレサ・フランクリン」が脈々と流れているものなんです。

(文責:Jun Nishihara)

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マック・ミラー(Mac Miller)の追悼に代えて(その②)

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前回のお約束通り,マック・ミラー(Mac Miller)の楽曲「Frick Park Market」(対訳)をお届けします。

[Intro]
Uhh, let me get a turkey sandwich, uh lettuce tomato (bitch)

(イントロ)
ターキーのサンドイッチ1つ,レタスとトマトも入れてくれ(ビッチ)

[Verse 1]
My name Mac Miller, who the fuck are you
Well my crew too live but I ain’t Uncle Luke
And I ain’t no hipster, but girl I can make your hips stir
From Pittsburgh, smoke papers or a swisher
Welcome to the Cam Rellim chronicles
Looking out my monocle
I’m dodging obstacles, I gamble like the Bellagio
You cock-a-roach, I’m heroin cause everything I talk is dope
Type to leave it clean and fucking shiny word to Mop & Glo
Tryin’ to get a mansion ain’t nobody here gon’ find my room
Money gonna be green I guarantee you that my slide stay blue
So press play, I start from scratch and never use no template
The next day these losers always goin’ with whats trendy
My pen game is something these motherfuckers have never seen
All City Champion everybody is second string
No need to testify (testify) for the best is I (best is I)
And anybody in my way goin’ to be left to die

(ヴァース1)
俺の名はマック・ミラー,おまえは何様だ?
クルーはヤバいヤツら(2ライヴ),つってもアンクル・ルークじゃねえ
ヒップスターじゃないけど,君のお尻をグラグラ揺らす
ピッツバーグ出身,ハッパにシーシャを吸いまくり
ようこそ,「キャム・レリムのクロニクル」へ
片眼鏡(モノクル)から覗き込み
障害物を交わして,ベラッジオ・カジノのように賭けの人生
おまえはゴキ野郎,俺のラップ,ヘロインのように中毒系
俺が触ればクリーンでシャイニー,キラキラ輝くぜ
おっきな豪邸,じぶんの部屋が見つからねえ
カネの色は豊かなグリーン,滑り台(スライド)はいつもブルー
PLAYボタン押しな,オリジナルを届けて,型にはハマらない
負け犬どもは,トレンドに流されてばっかだし
俺のペンゲーム,コイツら見たことないってビビってる
そこらじゅうでチャンピオン,他の連中,しょせんは二流
宣言なんかいらねえ,勝ちは明らか,それは俺
俺の邪魔するヤツらは,野垂れ死ぬ

[Hook]
I’mma feed the world you can put it on my tab
Run until my legs go numb, I don’t plan on looking back
Anything you need you can find it at the market
If you don’t hold me down, for all I care, you can starve bitch
I’mma feed the world you can put it on my tab
Run until my legs go numb, I don’t plan on looking back
Anything you need you can find it at the market
Anything you need you can find it at the market

(サビ)
俺が世界を食わせてやる,勘定は,つけといてくれ
足が麻痺するまで走り続け,後ろは振り返らない
必要なものならなんでも,ここのマーケットで手に入る
共感できねえヤツは,カンケーねえ,飢え死にすればいい
俺が世界を食わせてやる,勘定は,つけといてくれ
足が麻痺するまで走り続け,後ろは振り返らない
必要なものならなんでも,ここのマーケットで手に入る
必要なものならなんでも,ここのマーケットで手に入る

[Verse 2]
I got my own stickers now so literally I’m everywhere
Hundred different shoes still feel the need to cop a fresher pair
These motherfuckers treat me like it’s just my second year
Fool you better get prepared
Don’t know ‘bout you but all my rhymes is deadly here
Frick Park Market where we kicking out the garbage
Sick bars I’ve been a boss so stick around and watch it
Didn’t fit around no college campus, chilling writing on top of planet Earth
Fuck who’s first, It’s just bout who the hardest
On my own two, fuck who’s saying different
Every time I rhyme I get that Punxsutawney feeling
I’m the starter you the fill in
You a martyr I’m just killing
Getting harder with each time I write
Wish I could rewind last night
I had so much fun just kickin’ it and goin’ in
Don’t call me Malcolm if you didn’t fuckin’ know me then
And if you lonely girl I could be your only friend
You got some shit to say I suggest you hold it in

(ヴァース2)
俺のブランドのステッカーもできた,だから文字通り,世界進出だ
靴なら100足以上ある,だけどそれでも,まだフレッシュな靴が必要だ
俺のこと2年生のように下級扱いしてるヤツら
愚か者,覚悟しとけ
おまえのは知らねえが,俺のライムは百発百中
場所は「フリック・パーク・マーケット」,ゴミ箱バンバン蹴飛ばして
イカレた韻を踏み,はじめっからボス,ちょいと見ていきな
カレッジ・キャンパスは合わなかった,だからこの大地でラップを書いた
誰が1番になってもいい,だが最高にハードなヤツになってやる
両足でしっかり地に足を付け,反対するヤツは糞食らえ
ライムを繰り出せば,地元のフィラデルフィアをレペゼン気分
俺がメインコース,おまえは単なる「つなぎの曲」
おまえが殉教者なら,俺はライムの殺人鬼
ペンを走らせるたびにハードになっていく
昨夜のこと,もいっかい巻き戻してやろうか
たまんなく楽しかった,ワイルドに遊びまくった
以前の俺を知らねえなら,マルコムなんて本名で呼ぶんじゃねえ
ガール,君が寂しがってるなら,君の唯一の友になってあげるよ
なにか文句あっか? 文句はゴックン飲み込んどけよ

[Hook]
I’mma feed the world you can put it on my tab
Run until my legs go numb, I don’t plan on looking back
Anything you need you can find it at the market
If you don’t hold me down, for all I care, you can starve bitch
I’mma feed the world you can put it on my tab
Run until my legs go numb, I don’t plan on looking back
Anything you need you can find it at the market
Anything you need you can find it at the market

(サビ)
俺が世界を食わせてやる,勘定は,つけといてくれ
足が麻痺するまで走り続け,後ろは振り返らない
必要なものならなんでも,ここのマーケットで手に入る
共感できねえヤツは,カンケーねえ,飢え死にすればいい
俺が世界を食わせてやる,勘定は,つけといてくれ
足が麻痺するまで走り続け,後ろは振り返らない
必要なものならなんでも,ここのマーケットで手に入る
必要なものならなんでも,ここのマーケットで手に入る

(文責:Jun Nishihara)

マック・ミラー(Mac Miller)の追悼に代えて(その①)

まずはこの写真をご覧あれ。

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これは前途多望の若手ラッパー=Mac Millerの写真です。
彼の右肩に映るのは,ジェイZのツイートを膨らませて額縁に入れ,飾っているものです。
こう書かれています。

Too many ..Fab , black people really magic . Mac Miller nice too though .

これはジェイZが昨年,Songwriters Hall Of Fame(ソングライターの殿堂)入りを果たした際に,今までジェイZ自身を感化・鼓舞(インスパイア)させてきたアーティスト達に感謝の念を捧げたものです。その時に,いろいろなアーティストを挙げていましたが,その中に,まだまだ若手のMac Millerがいました。

いろんなヤツらにインスピレーションをもらった。ファボラスもそうだし,黒人アーティストたちには不思議な力(マジック)を感じる。マック・ミラーもナイスだし。

このツイートをバックに,誇らしげなマック・ミラーが写真に映っているものです。

アリアナ・グランデとマック・ミラーがコラボレートした曲(”The Way”(YouTubeではなんと,348万回再生!))は余りにも有名です。しかしマック・ミラーの豊富な楽曲の中では,下の方に位置すると言えるでしょう。彼にはもっともっと素敵な数々の曲があります。アリアナ・グランデが有名すぎて,マック・ミラーの魅力が影に隠れてしまっていますが,彼はとんでもなく素晴らしいコレクションの持ち主です。ひとまずは,初期の頃にリリースしたこの曲を聴いてみてください。若いエネルギーと,デビュー当時の勢いに溢れています。この曲のリリースは2011年,マック・ミラー19歳です。

Mac Miller – “Frick Park Market”

さらに,Anderson .Paakとコラボレートした以下の曲(2016年,マック・ミラー24歳)もあります。

Mac Miller feat. Anderson .Paak – “Dang!”

さらに,さらに,ミニマリスティックなこんなビデオもあります。

Mac Miller – “Stay”

最後に,ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)とコラボレートしたこの曲です。

Mac Miller feat. Kendrick Lamar – “Fight The Feeling”

ラッパーの中のラッパー,つまり,ラッパーに好かれるラッパーとして,マック・ミラーはこの世で素晴らしきラップ曲の数々を生み出してくれました。こんなに若いラップ好きの青年が,これだけ豊富なヒップホップ曲をこの世に残したのは,奇跡とも言えるでしょう。その奇跡を起こしたマック・ミラーであるからこそ,ジェイZは彼のことを「マジック」だと呼んだのでしょう。

次回は,マック・ミラーの「Frick Park Market」を取り上げて,対訳を紹介いたします。

(文責:Jun Nishihara)

追悼:ソウルの女王=アレサ・フランクリンがヒップホップに与えた影響(その2)

前回のつづきです。

NYはハーレム出身のラッパー=キャムロン(Cam’ron)の引き出しから,この一曲です。

2002年5月にリリースされたヒップホップ名盤『Come Home With Me』から,シングルリリースされた「Day Dreaming」を取り上げます。

このアルバムには,ジェイZがfeat.されている「Welcome to New York City(ニューヨークシティーへようこそ)」という曲も収録されています。

さて,アレサ・フランクリンがヒップホップ界に与えた影響は,当時の若手ラッパーT.I.にとどまらず,ハーレム出身のベテラン・ラッパー=キャムロンにも及びました。

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キャムロンは素晴らしい数々のヒップホップ名曲を残していますが,その中でもアレサ・フランクリンの「Day Dreaming」がサンプリングされた,名前が似ている(スペルの綴り方は異なります)「Daydreaming」(プロデュースはカニエ・ウェスト!)から,この歌詞を取り上げます。

I know fucking with a crook is whack
I lied, cheated, still took me back
What I do? Turn around, ask you to cook me crack
Boost my work with a jerk and tell the truth it hurts
Cause you even ask me to come through to church
What I do? Act second rate
I stole ten dollars out of the collection plate
But I’m ready to change
You got my heart, plus you smart
And the sex is great
And you hate rap, I like that girl
I argue with Keisha, I ain’t like that girl
You jumped right out the car, to fight that girl
You beat her ass, you ain’t have to bite that girl
And my baby got the best thighs
And my whip she ain’t never got to test drive
Copped her the X5
You paid attention when no one acknowledge me
This is my public apology, holla B

ダメ男と付き合うのはダサいなんて思ってんだろ
ウソついて,浮気もした,それでも俺のこと,好きでいてくれた
君にムリも言った,ふり向けば,「コカイン寄こせ」とか言って
仕事前にフェラして,やる気出させてくれた,ちょい痛かったけど
「あたしと教会,いっしょに行こ」って,さそってくれた
でも俺は,ふざけてた
教会の募金箱から,10ドル盗んだり
でも良い人間になろうと決めた
君の愛にやられた,おまけに君は育ちもイイし
君とのセックス,たまんないし
君はラップが大嫌い,それでもダイジョウブ
キーシャと口喧嘩,それはダイジョウブじゃない
君は車から飛び降りて,キーシャを黙らしてくれた
ボッコボコにしてくれた,噛みつくまでもなかった
それに君の太もも最高さ
俺のアメ車,試乗するまでもないさ
君にBMW買ってあげた
だれひとり俺のこと相手にしてくれなかった時に,君だけは認めてくれた
この曲は君に捧げる,謝礼の曲さ,連絡してこいよ,Bちゃんよ

カニエ・ウェストは,この曲のプロデュースに関わっています。前回の「追悼:アレサ・フランクリン」のページでも書きましたが,古い曲をサンプリングすることによって,その曲が現代・現在によみがえります。カニエ・ウェストがやってきたことの偉大なひとつは,まさに,このことでした。

アレサ・フランクリンの才能は,そうそう受け継げるものではありません。しかし,こうして,40年の月日を経て,現代のヒップホップでアレサ・フランクリンの歌声が聴けるなら,「アレサの代わり」がいなくとも,いまのところは,なんとかやってけるかもしれないと感じています。

「アレサ・フランクリンの代わり」はいないかもしれませんが,「アレサ・フランクリンの魂(ソウル)」は,こうして現代のヒップホップ音楽を媒介として,受け継がれていくでしょう。

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Source: photo: WENN.com

(文責:Jun Nishihara)

追悼:ソウルの女王=アレサ・フランクリンがヒップホップに与えた影響

ヒップホップというのはおもしろいもので,昔に作られた古い曲をよみがえらせる力を持っている。

たとえば1972年1月にリリースされたアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)の「Day Dreaming」(シングルカットされたのは翌月の2月)という曲は,当時レコード盤で売り出され,B面には「I’ve Been Loving You Too Long」や「Border Song (Long Moses)」という曲が収録されていました。この「Day Dreaming」が収録されていたのは『Young, Gifted and Black』という名盤で,後に米国TVネットワークのVH1にて「音楽史上最も偉大なアルバム76位」に挙げられました。

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この「Day Dreaming」という曲をサンプリングして,よみがえらせたのがラッパーT.I.とキャムロン(Cam’ron)です。T.I.はアルバム『Trap Muzik』を2003年8月にリリースし,その中に「Let’s Get Away」という曲を収録しました(後にシングル曲としてリリース)。キャムロンはアルバム『Come Home With Me』(ヒップホップの名盤!)を2002年5月にリリースし,中に「Daydreaming」を収録しました(こちらも後にシングル曲としてリリース)。

T.I.の「Let’s Get Away」もキャムロンの「Daydreaming」も,アレサ・フランクリンの名曲「Day Dreaming」をベースに,サンプリングしています。YouTube等で検索して,聴いてみてください。

T.I.がこの曲を出したのは2003年です。大人気を博する直前,まさにヒップホップ界の若者として活動していた頃ですね。T.I.の時代はまだ始まっていなかったですが,「才能あるヤツだ」と誰もが認めつつある頃でした。そして2年後の2005年,T.I.は『Urban Legend』というアルバムをリリースし,遂にミリオンセラー(100万枚セールス超え)を達成しました。2006年にリリースしたアルバム『King』はビルボード第1位を獲得し,こちらもミリオンセラー達成(日本のオリコンチャートでも26位達成。アメリカのポップ音楽がオリコンチャートに登場するならまだしも,ヒップホップ曲が日本のオリコンチャートに入ってくるというのは稀であった時代です。)しました。

その後2008年にリリースしたアルバム『Paper Trail』もビルボード第1位を獲得し,このアルバムに至っては米国のみで200万枚セールス達成,ダブル・プラチナム盤の地位を獲得しました。2008年というダウンロード真っ盛りの時代に,ダブル・プラチナム盤獲得というのは,珍しく,稀有なことです。

そういったヒップホップ界の若手T.I.が爆発的人気を博する直前に出していたのが,アレサ・フランクリンの「Day Dreaming」をサンプリングし,ラップを乗せたこの曲です。ヒップホップ界では,「サンプリングネタ」というのは,昔の曲への究極のリスペクトと考えられています。古い曲を死なせない,むしろ,よみがえらせるという力をヒップホップは持っている。しかも若者が。

T.I.の「Let’s Get Away」はラップ曲でありますが,R&B風です。歌いやすく,耳にもやさしい。普段ラップを聴かない人にも,なじみやすい。親しみやすい。

そして,「Let’s Get Away」という「いま」の曲を通して,アメリカの若者たちは,古い曲を聴いているのでした。「T.I.ばっか聴いて育った」,という若者が,どこかでアレサ・フランクリンの曲を聞いたときに,「うん?これはどこかで聞いたことのある曲だな」とか言って,興味を持つかもしれない。それでツカミはできます。一度,ツカミ(hook)ができれば,あとはアレサ・フランクリンのパワーによって,惹きつけられるのみ。そうやって,惹きつけられれば,人はその音楽を聴いて,さらに他の曲も聞いてみたくなるでしょう。そうやって,40年の年月を経て,アレサ・フランクリンの昔の曲はよみがえり,生き返ります。

ヒップホップの「サンプリング」という技術はこういった素晴らしい力を秘めています。

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さて,そのT.I.の「Let’s Get Away」から,以下のリリックを取り上げます。

Bet they be like “I know he tired of the nightlife
He want a wife, he just lookin’ for the right type”
Yea right, I be ridin’ through the city lights
My hat bent, gettin’ high behind the ‘lac tint
I’m chilllin’ with Brazilian women, heavy accents
They black friends translatin’, got’em all ass naked, adjacent
Have relations wit’em many places
Leavin’ semen in they pretty faces
Make’em kiss they partners with it in they faces
Young pimpin’ sprung women ‘cross the 50 states
Got young ladies requestin’ “What’s Yo Name” on 50 stations
Askin’ me what’s a pussy popper, want a demonstration
But I ain’t waitin’ til the second date, I’m so impatient
Relieve’em of they aggravation, take’em rollerskatin’
On them Dayton’s, tell’em “Baby, stick with me, you goin’ places”
Go replace’em, draw erase’em out my memory
Moist panties and wet sheets when they think of me

まさか俺が「夜遊びなんて飽き飽きさ
奥さん候補の,まともな女,探してんのさ」なんて思ってるって?
んなバカな,今でもネオン街のド真ん中クルマで走って
キャップ傾けて,窓にスモーク張ったキャディラック乗って,ハイに飛ばしてる
ブラジル出身で,英語ナマリの激しい女たちと,くつろいで
黒人の女友達に通訳してもらって,ズボン脱がして,オシリむき出し
いろんな場所で,エッチして
カワイイ顔に愛汁ぶっかけて
顔に白いのつけたまま,女友達にチューさせて
アメリカ中の女を気絶させ,遊びまわって,若いしイケメンだし
アメリカ中の女子高生,俺の曲「What’s Yo Name」をリクエストするし
彼女たち「「マン突き」ってナニ?」だって,実演して見せてやろうか?
2回目のデートまで待てない,俺って超せっかちだからさ
彼女たちのストレス発散させてあげて,ローラースケートに連れてって
デイトンのリム(タイヤ)廻して,「ベイビー,俺について来な,いろんなトコへ」
次から次へと女を変えて,ハッパ吸って,記憶から消してって
彼女たち,俺のこと妄想して,パンティーずぶ濡れ,ベッドシーツ湿ってる

T.I.をとおしてアレサ・フランクリンを知った人も,そもそもT.I.は知っているけれど,アレサ・フランクリンを聴いたことない人も,どちらも良いと思います。後者の人もいつかアレサ・フランクリンをどこかで聞いて,「あ,この曲どこかで聴いたことある。T.I.の曲に似てるけど,ちょっと違う」とか言って,探してみると,実は「この曲」がオリジナルの原曲だった,ということを知ることになれば,ほんとおもしろいな,とか私は思います。音楽の楽しみには,「新しい曲」をとおして「原曲」というか「古い曲」を知る,ということにあると思います。

アレサ・フランクリンが亡くなった先週8月16日に,アメリカのあるラジオパーソナリティがインスタグラムでアレサ・フランクリンの素敵な写真をアップしつつ,こう書いていました。”Every time a real legend dies in music, I always think ‘who the hell do we have in the wings to uphold that excellence?'”(音楽史に残る伝説のミュージシャンが一人一人と死んでゆく時代に,私はいつも思う。「こんなに素晴らしい才能を受け継いでいける人なんて,この人以外にいるか」って。)

マイケル・ジャクソンが2009年に亡くなった日に私はこう書きました。「ポップの王は死んで,ポップを永遠の音楽にさせた。」と。ポップはトレンドです。移り変わってゆくものです。その時代,時代に合わせて,ポップは変わってゆくものですが,マイケル・ジャクソンは,その「移りゆくもの」を「永遠」の音楽にさせました。

アレサ・フランクリンは,これからも「Queen of Soul(ソウルの女王)」として,ヒップホップ界に敬愛されてゆくでしょう。そして,アレサの音楽は,ヒップホップをとおして,生き続けてゆくことでしょう。

(文責:Jun Nishihara)

ちょこっと解説:カニエ・ウェストと大自然で過ごしたワイルドな3日間(ニューヨークタイムズ紙記事より)

本日(7月1日)付,ニューヨークタイムズ紙WEEKEND MUSIC欄に,大きく一面(いや,2頁にわたる2面!)を飾ったのはカニエ・ウェスト。1頁目には「Into the wild with Kanye(カニエと共に大自然へ)」と題して,2頁目には「Three Days in the wild with Kanye(カニエと大自然で過ごしたワイルドな3日間)」と題して,2頁をフルに使って掲載された。

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記事にはカニエが写っている写真が5つ,掲載されている。

ワイオミング州の山奥で開催された,アルバム『ye』のリスニングパーティーの模様。ウェスト夫人=キム・カーダシアンや娘のノースとともに写った写真。ライブ模様。トランプ大統領とのツーショット等だ。

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さて,この長文記事を2頁にわたって書いたのはJon Caramanicaというニューヨークタイムズ紙専属の音楽評論家ジャーナリストであるが,なかなかうまい具合に記事をまとめている。

記事の内容は,まず,今年4月中頃に始まったカニエがアップした一連のツイートに始まり,カニエのアルバム『ye』がリリースされるまでのドラマをイチから説明してくれている。「事の始まり」としてのカニエの入院の原因等,私生活も説明している。自殺を考えたいきさつや,人の目を気にし過ぎていた日々,自由を感じられず,束縛されていた日々など,カニエの精神状態について,なかなかうまくまとめている。

さて,写真にもあるワイオミング州ジャクソン・ホールの山奥で開かれたリスニング・パーティーである。

これだけのヒップホップアーティストが一度にワイオミング州の山奥に集合したのは,前代未聞ではなかろうか。カニエ,プッシャT,キッド・カディはもとより,コンセクエンス,スウィズ・ビーツ,070シェイク,2チェインズ(ペットの犬まで!),タイ・ダラー・サイン,DJグレッグ・ストリート,デザイナー,サイハイ・ザ・プリンス,エイサップ・ナスト,リル・ヤッティー・・・so on and so forth。

みんなでキャンプファイアーを囲んでのリスニング・パーティーになったという。(↓こんな感じ)

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(カラーではこんな感じ↓)

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本記事にはカニエとのインタヴュー内容も掲載されている。

トランプ大統領支持について,こう答えている。

質問:But if he says something like he doesn’t want to let Muslims into the country, do you like the way that sounds?
(もしトランプ大統領が「イスラム教徒はこれ以上,アメリカへ入国させない」なんていうことを言えば,それを支持しますか?)

カニエ:No, I don’t agree with all of his policies.
(いや,ヤツの政策全てを支持するワケじゃない。)

そして,「奴隷は選択だ」発言について,こう答えている。

質問:To clarify, do you believe that slavery in this country was a choice?
(確認ですが,この国にあった奴隷制度は,ほんとうに選択できたものだと思いますか?)

カニエ:Well, I never said that.
(いや,そういうことを言ったんじゃない。)
カニエ:I said the idea of sitting in something for 400 years sounds – sounds – like a choice to me, I never said it’s a choice. I never said slavery itself – like being shackles in chains – was a choice.
(言ったのは,400年の時を経ても,奴隷制度がまだ続いていたっていうのを考えた時,それは人々が「あえて」廃止しようとしなかったから,って思えたんだ。奴隷そのもの,例えば両足を鎖に繋がれたりしていたことが選択だ,とは一度も言っていない。)

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そして,この記事から学べる一番大事なことはこれなんじゃないかと思う。

カニエは言う。

We need to be able to be in situations where you can be irresponsible. That’s one of the great privileges of an artist. An artist should be irresponsible in a way – a 3-year-old.

(時に,自分が無責任になれる状況に身を置かなきゃいけない。それがアーティストとしての素晴らしき特権である。本来アーティストは無責任でなければいけない,ある意味,3歳児だと思って。)

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記事の最後に,記者はこう締めくくる。

“Getting comfortable with the dissonance, that’s the thing.”
(不調和音を安心して受け入れられるようになること,それがカニエを理解することの第一歩である。)

カニエはこう言う。

“My existence is selvage denim at this point, it’s a vintage Hermes bag. All the stains just make it better.”
(俺の存在は今やセルビッジ・デニムだよ。エルメスバッグのヴィンテージ品さ。シミと汚れがさらに良い味を醸し出す。 ー カニエ・ウェスト)

補足:ちょうど昨年の今頃(2017年6月30日)であったが,ジェイZが『4:44』をリリースした際,ボーナストラックとして後日,アルバムに収録された楽曲「MaNyfaCedGod」で,ジェイZはこうラップした。

Broken is better than new / That’s Kintsukuroi.

傷が入った品は,新品よりも価値がある/それを金繕いと言う。

金繕い(金継ぎ)とは,割れや欠け,ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し,金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法をいう。まさに「新品」とは異なった趣(おもむき)をその芸術作品に感じることができる。(つまり,新品の作品と,ヒビ割れを修復したあとの作品とを較べたとき,ヒビ割れ後の作品のほうが,深い味を感じられる,ということだ。)

これをカニエに繋げるとすれば,新品のカニエと,精神的な傷跡によってできた「割れ」や「ヒビ」などを経てきたカニエ(まさに今のカニエ)とでは,後者のほうが,深い味を鑑賞することができる,といった具合だ。

ジェイZが言う「kintsukuroi」を,カニエは「vintage Hermes bag」と表現した。この今となっては「疎遠のブラザー同士」は,ほんとうに似たようなことを考える“兄弟”である。

(文責:Jun Nishihara)

ちょこっと解説:ザ・カーターズ『Everything Is Love』論評記事

6月18日付ニューヨークタイムズ紙Culture欄にビヨンセ&ジェイZ改めザ・カーターズのニューアルバム『Everything Is Love』についての論評が掲載されていた。概ね良好のレヴューであり,ビヨンセ及びジェイZのリリックがところどころで引用されていた。

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本記事に引用されていた,ジェイZの歌詞を3箇所掲載することにする。

“I said no to the Super Bowl /
You need me, I don’t need you”
(スーパーボウル出演は断った/
俺に出て欲しいって? 俺はお断り)(訳:J.N.,以下同様)

“Time to remind me I’m black again, huh?”
(俺が黒人であることを,また意識させてくれたな)

“I’m good on any M.L.K. Boulevard.”
(キング牧師の名のストリートなら,どこでも俺はお似合いさ)

こうしてジェイZの歌詞が世界中で流通しているニューヨークタイムズの記事に掲載されているわけである。ニューヨークタイムズは日本ではジャパンタイムズ紙に挟まれて(セット発行されて)販売されている。同様に他国海外でもその国の英字紙にセット発行されて販売・流通されている。こうしてジェイZの歌詞は音楽を媒介としてだけではなく,世界中のビジネスマンやサラリーマンがコンビニや書店,待合室等で置かれているこの新聞を媒介として,流通されているわけだ。

ジェイZはそのむかし,コカインやクラックを流通させて“ハスラー”として名を挙げたわけであるが,彼は今こうして,世界で最も古い印刷物である「新聞」という媒体をとおして,歌の言葉(ライム)を流通させている。

むかしから,ジェイは「流通」にこだわった。だからconscious(意識が高い)なラップを避けてきた。コンシャスすぎるラップは売れにくいからだ。2003年リリースの名作『The Black Album』収録の楽曲「Moment of Clarity」でジェイZは,こうラップした。

“I dumbed down for my audience to double my dollars /
They criticized me for it, yet they all yell “holla” /
If skills sold, truth be told, I’d probably be lyrically Talib Kweli /
Truthfully I wanna rhyme like Common Sense /
But I did 5 mill’ – I ain’t been rhyming like Common since!”

(観客にもっとウケる曲を作るため,歌詞のレベルを低めてラップしてきた/
それを批判するヤツもいれば,それにノッてくるヤツもいる/
ラップのスキルが売れるなら,マジな話,タリブ・クウェリみたいにリリカルなラップしてるよ/
本来は,コモンのようにライムしたい/
だがそうせずとも,500万枚売り上げてきた
ー それ以来,コモンみたいにラップするのはやめた!」(訳:J.N.)

「流通」をさせるため,一方でウケる歌詞と,他方でタリブ・クウェリやコモンのようにコンシャスな歌詞とを,織り交ぜて,ラップしてきた。そのバランスがジェイの場合は特段に巧かった。ずば抜けていた。

今回,”Apeshit”では,フランスはパリのルーブル美術館でミュージックビデオを撮影している。正真正銘のモナリザ絵画の正面で。

ルーブル美術館で舞う黒人のダンサーたちが,白人を主とする西洋の美術や彫刻に囲まれて踊っているところが,なんともいえず美しい。これも「黒」と「白」のバランスか。

これがまさにキング牧師が夢見ていたことか。

ちょこっと解説:Nasのニューアルバム『Nasir』より

6月16日(土)にビヨンセとジェイZ夫婦(名付けてThe Carters)のコラボレーション・アルバム『Everything Is Love』がTidal上でリリースされてから,カニエ・プロダクションによる一連の7トラック・アルバムは落ち着きを見せはじめた。

しかし,ザ・カーターズが『Everything Is Love』をリリースしたのは,Nasが『Nasir』をリリースしたまさに翌日。そこで注目は一気にNasからザ・カーターズへとシフトしていったわけであるが,あえてここで,Nasにスポットライトを当ててみたいと思う。

アルバム『Nasir』からすでに名曲と揶揄されている楽曲⑤『everything』(feat. The-Dream)より,Nas自身のヴァースである以下を引用してみたい。

“When the media slings mud, we use it to build huts /
Irrefutable facts, merciful, beautiful black”

「マスコミが泥を投げてくれば,その泥で仮小屋を作り上げてきた/
まぎれもない事実,なさけ深く,美しい“ブラック”」(訳:J.N.)

このようにNasは,今までカニエ・ウェストがリリースしてきたプッシャTやカニエ自身のようにドレイクに対してサブ・ディスを投げかけたりすることなく,黒人としての強さを表現している。Nasのライムにはこのような「強さ」を常に感じる。Nasがデビューしたのは1994年のことであるが,あれから24年経た今も,アンダードッグとしての「強さ」を感じる。他方でジェイZのラップ内容は時期を経て,変わってきた。ハスラー時代からコーナーオフィス時代を経て,リッチ時代,そして今やルーブル美術館でMVを撮影するほどのアート時代。しかし,それとは対をなしてNasのライムには24年前に聴いた「強さ」をいまだに感じることができる。

ザ・カーターズの『Everything Is Love』も素晴らしいが,Nasの『NASIR』も同じくらい聴いていくこととしたい。