ヒップホップ音楽とイスラム教の関係 (アルバム『Ye』のリリースから今年6月1日で1年を経たいま振り返る(その②))

前回,カニエのラッパー仲間でイスラム教徒である人たちのお話をしました。
本日はその続きです。

黒人の歴史に根強く息づくネーション・オヴ・イスラームという思想ですが,どういったところにイスラム教徒のラッパー達(例えばモス・デフやルーペ・フィアスコ,バスタ・ライムスやスウィズ・ビーツ)は魅了されたのでしょうか。

1.アメリカ全土(特に南部)で奴隷制度は400年以上続きました。主人(マスター)と呼ばれる白人家族によって黒人(所有物)は奴隷として雇われました。家の中で雇われた奴隷(house negro)もいれば,炎天下のなか,屋外でこき使われた奴隷(field negro)もいました。外でこき使われ,綿やトウモロコシなどを積んでは鞭でぶたれ,水も与えられず重労働のみさせられ,人としてではなく所有物として扱われていた時代,ある黒人はふと思いました。こんなひどいことをする白人は何を信じているのだろうか。どれだけ教会に通って,神を信じているといっても,こんなひどいことをしていいというのか。こういうことをすることを教会で教えられているのか,と。この時代,ほとんどの白人はキリスト教徒でした。しかし白人の宗教(キリスト教徒)に疑問を持ち始めた一部の黒人は,やがて自分たちをひどく扱う白人の宗教(=キリスト教)からは離脱していき,イスラム教徒へと移り始めたのでした。

2.ひどい仕打ちを受けていた黒人たちは,麻薬に逃げ,白人女性を姦通し,あらゆる違法行為を犯し,刑務所に放り込まれました。これはほんとうに黒人が犯した罪もあれば,白人に迫害されて,行き場をなくし,どうしようもない時に,当時弱者であった黒人は,ほんとうは犯していない罪を被せられたというケースもありました。そういった時に,「いままで信じてきたもの(たとえば神様)とはいったい何だったんだろう」と疑問を持ち始めました。そこで,やさしい言葉で「イスラム教徒という素晴らしい思想がある。これを信じれば,麻薬からも救われるし,姦通からも救われるし,そういった犯罪をおかしたおまえも,アッラーは救ってくださる」という囁きを誰かしらから聞いたりします。そこで興味を持った今まではキリスト教徒であった黒人は,イスラム教徒へと移り始めます。

3.いままで当たり前のようにキリスト教徒として教会に通っていた黒人は,『マルコムX』という偉大な映画を観て,イスラム教(とくにネーション・オヴ・イスラーム)の存在を知ります。そこでは力強い言葉で「イスラム教は打ちひしがれた黒人のあなたを救ってくれる。これまで「黒人を」救うとはっきり言った宗教はこれまで存在しなかった。しかしイスラム教のみが「黒人を」救うと言っている」と,語られます。ここでいままで当たり前のようにキリスト教を信じていた黒人は,イスラム教に心を奪われ始めます。

キリスト教が白人を相手にして書かれた経典(Bible)だとすると,コーランは有色人種を対象として書かれたものである,という主張をネーション・オヴ・イスラームは広め,信者を増やしていきました。黒人の中でも特に奴隷として苦しい暮らしをしている人たちがNOIに救いを求めました。

しかしながら,実際,米国の統計センター(Pew Research Center)によりますと,アメリカ全土で考えてみますと,イスラム教徒である黒人はアメリカに住む黒人全体のわずか2%であり,その他黒人のほとんど(約80%)がキリスト教徒(カトリック,プロテスタント等を含む)との統計が出ております。

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つまり,映画『マルコムX』は非常に影響力があるものでしたが,それをマジでイスラム教徒に改宗した黒人の割合はほんの2%しかいなかったということですが,ここで新たに驚くべきことは,この2%の中の多くが,ヒップホップ界に君臨するアーティストである,ということです。黒人全体の2%しかいないのに,ヒップホップ界では,こんなにも多くの(前回ご紹介したとおり)ラッパーたちがムスリムなのですから。

ちなみに前回ご紹介した,熱心なイスラム教徒であるラッパー=ジェイ・エレクトロニカ(Jay Electronica)の楽曲「Exhibit C」のアラビア語でイスラームの祈りの言葉を発する箇所をもういちど聴いてみたいと思います。下記YouTubeのタイムライン3:11~3:17の部分です。

They call me Jay Electronica—fuck that
Call me Jay Elec-Hanukkah, Jay Elec-Yarmulke
Jay Elect-Ramadan, Muhammad as-salaam-alaikum
RasoulAllah Subhanahu wa ta’ala through your monitor

俺の名はジェイ・エレクトロニカ・・・はもう死んだ
これからはジェイ・エレク・ハヌカ,否,ジェイ・エレク・ヤルムルケ
ジェイ・エレク・ラマダン・ムハンマドと呼んでくれ,アッサラーム・ア・レイコム
ラスール・アッラー,スブハナフ・ワ・タッラー,そうモニターから祈りが流れ出す

註釈:
・ハヌカはユダヤ教のお祭りで,クリスマスの時期に行われる。「ハヌカー」とはヘブライ語で「奉仕する」という意味。神殿の清みの祭りとされる。
・ヤルムルケはユダヤ人が頭に被っている聖なる絹。
(ここから以下がイスラム教への言及)
・ラマダンは断食の月。前回も言及したように,夕刻のイフタールが来るまでは,厳しいところでは水も飲まない。(しかし最近は酷暑の国で水を飲まず死者が出たため,水分は取ることが推奨される。)
・ムハンマドとはイスラームの預言者の名前であるが,イスラム教徒のもっとも典型的な男性の名前でもある。
・アッサラーム・ア・レイコムとは,イスラム教徒同士が交わす挨拶であるが,おおもとの意味は「神の平和を」。
・ラスール・アッラー.スブハナフ・ワ・タッラーとは,「神の遣いよ,栄光に包まれ,喜びとともにあれ」という意味。

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(上記のシーンは,映画『マルコムX』でも映し出される,世界中のイスラム教徒が一生に一度巡礼(=ハッジ)するといわれるサウジアラビアのメッカの模様。)

さて,次回は,いよいよ佳境に入ります。ネーション・オヴ・イスラームはいつから始まり,誰が始めたのか。そしてルイス・ファラカーンとはいったい何者なのか,ということを紐解いてみたいと思います。

(文責対訳:Jun Nishihara)

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カニエ・ウェスト対訳「Waves」全ヴァース訳(アルバム『The Life of Pablo』楽曲⑩)

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(上記写真はビヨンセ(左)とクリス・ブラウン(右)。クリス・ブラウンは以下楽曲「Waves」でカニエ・ウェストとコラボレーションしました。)

Kanye West feat. Chris Brown, Kid Cudi & Chance the Rapper – “Waves”
カニエ・ウェスト feat. クリス・ブラウン,キッド・カディ&チャンス・ザ・ラッパー「Waves」(全ヴァース訳)

[Intro]
Turn me up!

(イントロ)
音アゲてくれ!

[Verse 1: Kanye West]
Step up in this bitch like (turn me up!)
I’m the one your bitch like
Yeah I’m the one your bitch like (turn me up!)
And I be talkin’ shit like
I ain’t scared to lose a fistfight (turn me up!)
And she grabbin’ on my **** like
She wanna see if it’ll fit right (turn me up!)
That’s just the wave

(ヴァース1:カニエ・ウェスト)
シーンにスキップして入ってきた(アゲてくれ!)
おまえの彼女が惚れてる男
そうさ,俺は,おまえの彼女が惚れてる男(アゲてくれ!)
おまけに,こんなくっだらねえことほざいて
「コブシの喧嘩に負けるのは怖くねえ!」(アゲてくれ!)
女は俺の股間をがっつり掴んで
試してんのさ,すっぽり入るかどうか(アゲてくれ!)
それが「ウェーブ」ってもんさ

[Chorus: Chris Brown & Chance The Rapper]
(Yeah) Waves don’t die
Let me crash here for the moment, yeah
I don’t need to own it
No lie
Waves don’t die, baby
Let me crash here for a moment
Baby, I don’t, I don’t need to own you
(Yeah, yeah, yeah, yeah) (turn me up!)

(サビ:クリス・ブラウン&チャンス・ザ・ラッパー)
(そうさ)ウェーブは死なない
しばらくここで,波打たせてくれるかい,イヤー
永遠を求めているわけじゃない
ほんとうさ
ウェーブは死なないよ,ベイビー
しばらくここで,波打たせてくれるかい
ベイビー,俺は君と,永遠を求めているわけじゃない
(イヤー,イヤー,イヤー,イヤー)(アゲてくれ!)

[Verse 2: Kanye West]
Sun don’t shine in the shade, ugh (turn me up!)
Bird can’t fly in a cage, ugh (turn me up!)
Even when somebody go away (turn me up!)
The feelings don’t really go away
That’s just the wave

(ヴァース2:カニエ・ウェスト)
日陰に太陽は当たらない,アッ!(アゲてくれ!)
鳥はケージの中じゃ飛び立てない,アッ!(アゲてくれ!)
たとえ去る人がいたとしても(アゲてくれ!)
気持ちまで去っていくことはない
それが「ウェーブ」ってもんさ

[Chorus: Chris Brown & Chance The Rapper]
(Yeah) Waves don’t die
Let me crash here for the moment
I don’t need to own it
No lie
Waves don’t die, baby
Let me crash here for a moment
Baby, I don’t, I don’t need to own you
(Yeah, yeah, yeah, yeah)

(サビ:クリス・ブラウン&チャンス・ザ・ラッパー)
(イヤー)ウェーブは死なない
しばらくここで,波打たせてくれるかい
一生モノじゃなくたっていい
ほんとうさ
ウェーブは死なないよ,ベイビー
しばらくここで,波打たせてくれるかい
ベイビー,俺は君と,永遠を求めているわけじゃない
(イヤー,イヤー,イヤー,イヤー)

[Bridge: Chris Brown]
No lie
No lie
No lie
You set the night on fire
I’m still gon’ be here in the morning
No lie

(ブリッジ:クリス・ブラウン)
ほんとうさ
ほんとうさ
ほんとうさ
君が夜を燃え上がらせてくれる
僕はここにいるよ,朝までね
ほんとうさ

[Interlude: Kid Cudi & Kanye West]
Humming

(インタールード:キッド・カディ&カニエ・ウェスト)
“ハモり”

[Outro: Chris Brown]
No lie
Ooh baby, ooh baby, ooh yeah
You set the night on fire
I’m still gon’ be here in the morning
No lie

(アウトロ:クリス・ブラウン)
ほんとうさ
ウゥベイビー,ウゥベイビー,ウゥイヤー
君が夜を燃え上がらせてくれる
僕はここにいるよ,朝までね
ほんとうさ

(文責及び対訳:Jun Nishihara)

カニエ・ウェスト対訳「Waves」ヴァース2(アルバム『The Life of Pablo』楽曲⑩)

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(写真はジャスティン・ビーバー(左)とクリス・ブラウン(右)。クリス・ブラウンは,以下楽曲「Waves」でカニエ・ウェストとコラボレーションしました。)

Kanye West feat. Chris Brown – “Waves” (Verse 2)
カニエ・ウェスト feat. クリス・ブラウン「Waves』(ヴァース2対訳)

[Verse 2: Kanye West]
Sun don’t shine in the shade, ugh (turn me up!)
Bird can’t fly in a cage, ugh (turn me up!)
Even when somebody go away (turn me up!)
The feelings don’t really go away
That’s just the wave

(ヴァース2:カニエ・ウェスト)
日陰に太陽は当たらない,アッ!(アゲてくれ!)
鳥はケージの中じゃ飛び立てない,アッ!(アゲてくれ!)
たとえ去る人がいたとしても(アゲてくれ!)
気持ちまで去っていくことはない
それが「ウェーブ」ってもんさ

現代の若者黒人文化をリードする人物(その①:レイアナ・ジェイ)

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(上記写真は,2019年4月4日にYouTubeにて生ストリーミングされた番組より。右から2人目がレイアナ・ジェイ。)

新人の女性若手アーティスト=レイアナ・ジェイは,今年でまだ25歳。昨年11月に当サイトでも取り上げました(→こちらです)

これまで3枚のEPを発表し,ついに今年3月22日に初の公式アルバム『Love Me Like』をリリースしました。

いまだにウィキペディアでは取り上げられておりませんが,上記アルバム『Love Me Like』はレイアナにとって人生初の全米ビルボードでチャートインし,冒頭の生ストリーミングでは女友達から「charting queen(チャートの女王)」と呼ばれるようにまでなりました(もちろん誇張していますし,大げさですけれど)。人生初にリリースしたアルバムが,全米ビルボードチャートのR&B部門第25位を達成。メジャーデビューは果たしていないどころか,インディーズのレーベル=EMPIRE RECORDSとの契約であるにもかかわらず,25位というのはアングラでのデビュー作にしてはなかなか良いポジションでしょう。

昨年レイアナ・ジェイについて書いた際に言及いたしましたが,レイアナは,つい最近まで,音楽だけでは食べていけず,アルバイトと兼業をしておりました。それがいつしか,やがて,アルバイトを辞めてもなんとか食べていけるようになり,音楽に専念するためニューヨークへも引っ越しをするようになり,EMPIREレーベルと契約を交わし,ニューヨークのスタジオでレコーディングをし,公式アルバムをリリースして,ついに全米ビルボードにチャートインする,というのをここ3,4年で果たしております。なかなか素敵な声の持ち主である彼女は,(ジャジーなのにジャジーすぎない)現在ヒップホップ界に蔓延る「ウケ」狙いのアーティストが多い中,そんなものたちとは全くかけ離れた,真の音楽的才能(歌手としての堅実な才能)の持ち主であるといえるでしょう。

本年3月にリリースされた『Love Me Like』より,以下の楽曲「Know Names」をご紹介いたします。

「現代の若者黒人文化(young black culture)をリードする人物」にレイアナ・ジェイを選んだ理由は,彼女はカーディBやニッキー・ミナージュのような派手さはまったくないですが,堅実な音楽性という意味では,最近ヒップホップ界に蔓延る「単なるハヤり」や「ウケ」を遥かに凌駕するものを彼女に感じたからです。冒頭の生ライヴストリームでは,レイアナは,1970年代に活躍したテディ・ペンダーグラス(Teddy Pendergrass)という黒人男性歌手についても言及しています。現代の新しいものばかりで固めるのではなく,「古きをたずねる」ということをちゃんとしています。そういった面を持ち合わせている若手アーティストはこれからも必ず伸びていくことでしょう。

昨年も書きましたが,彼女の名前=Rayana Jayの読み方は「レイアナ・ジェイ」です。英語でこれを発音すると,「レイナ」のように「ア」にアクセントを置きます。つまり「ア」を強く発音するのですが,レイアナ自身が経験した,以下のエピソードを紹介いたします。

あなたはスタバ(正式名:Starbucks)で働いていたとします。そこへ,とある黒人女性のお客さんがやってきて,抹茶ラテのトールを注文しました。スタバでは,カップにお客様の名前を書くことになっていますので,あなたは,その女性に尋ねます。「How may I call you?(あなたのお名前は?)」,すると女性はこう答えました「You can call me ‘Rayana(レイナ)’.」と。

さて,それを聞いたあなたは,彼女の名前を英語で,カップにどう書きますか?忘れてはいけないのは,ここはスタバです。まわりはお客様でにぎわっておりますので,けっして静かな場所とは言えません。静かなところで,耳をすまして,「レイアナ」と聞いたわけではなく,まわりで抹茶ラテを作るシェーカーがガガガガガガガーーーー!と鳴って,がちゃがちゃしているところでそのお客さんが「レイアナ」と発音するのを聞いて,あなたはカップにその名前を英語で書かなきゃいけないのです。さて,英語でなんと書きますか?

これは実際に起こったシチュエーションです。レイアナ・ジェイがアトランタ(ジョージア州アトランタ)にあるTrap Museumを観に旅行した際,寄ったスタバで出てきた抹茶ラテのカップにはこう書かれておりました。

「Rihanna(リーナ)」と。

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なお,女性ファッション雑誌(Nylon Mag)で取り上げられた企画「60秒でわかるレイアナ・ジェイ」を掲載しておきます。

最後に,レイアナ・ジェイの最新アルバム『Love Me Like』から楽曲「Know Names」をセッションした映像を掲載しておきます.

(文責:Jun Nishihara)

ヒップホップ音楽とイスラム教の関係 (アルバム『Ye』のリリースから今年6月1日で1年を経たいま振り返る(その①))

本年6月1日で,カニエ・ウェストのアルバム『Ye』リリースから1年が経ちました。昨年のちょうど今頃,暑い夏が始まろうとしていた頃でした,同アルバムを当サイトで翻訳・対訳を掲載させていただき,いろいろな方々に読んで頂きました。当サイトにお越しいただき,読んでいただき,ありがとうございました。そして今日もここに来ていただき,ありがとうございます。

リリースから1年後の今,アルバム『Ye』を振り返って,カニエがアルバム冒頭の楽曲「I Thought About Killing You」でラップしている歌詞の一部について,注目しておきたいと思います。

カニエはこういう歌詞で曲を始めております。

[Verse: Kanye West]
I called up my loved ones, I called up my cousins
I called up the Muslims, said I’m ’bout to go dumb
Get so bright, it’s no sun, get so loud, I hear none
Screamed so loud, got no lungs, hurt so bad, I go numb
Time to bring in the drums, that prrt-pu-pu-pum
Set the NewTone on ’em, set the nuke off on ’em
I need coke with no rum, I taste coke on her tongue
I don’t joke with no one, they’ll say he die so young
I done had a bad case of too many bad days
Got too many bad traits, used the floor for ashtrays
I don’t do shit halfway, I’ma clear the cache

(ヴァース:カニエ・ウェスト)
愛する人たちに,親戚兄弟に,ムスリムの仲間たちに
電話してこう伝えた,「ついに俺,暴れちゃいそう」
まぶしくなって,太陽は沈んだ,爆音で,音は消えた
悲鳴をあげた,声は出ない,傷ついた,感覚は麻痺した
叩いて響かせろ,太鼓の音を,ダ・ダ・ダ・ダン・ダン
オートチューンを効かせて,ピッチを爆発させろ
ラム無しのコーラ,彼女の舌にコカの味
ふざけてんじゃない,よく言われるよ,「早死にするよ」って
ツイてない日が連続で起こったケースが俺
悪い癖がありすぎて,床を灰皿代わりにしたりして
中途半端なことはしたくない,すべて真っさらにしてやりたい
(対訳:Jun Nishihara)

曲の冒頭でカニエは「I called up my loved ones / I called up my cousins / I called up the Muslims(俺は愛する人たち,親戚兄弟,そしてムスリムの仲間たちに電話してこう伝えた)」と言っております。

ムスリムとはイスラム教の教えを信仰する教徒の人々のことですが,カニエ・ウェストにとって,そしてヒップホップ,はたまた黒人の歴史にとって,イスラム教は切っても切れない一つの宗教といいますか思想でした。アメリカに住む黒人が信仰するイスラム教は一般的にブラック・イスラーム(Black Islam)と呼ばれているものですが,どういう宗派があって,ヒップホップ・アーティストでは誰がそのイスラム教徒で,どういう教えで,なぜ彼らはイスラム教徒に改宗したのか,というのを簡単にひもといていきたいと思います。

カニエ・ウェストの周辺では,カニエと同郷出身でむかしからともに活動してきたラッパーのモス・デフ(Mos Def)がカニエに一番近いムスリム(イスラム教徒)といえるでしょう。

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(上記写真はモス・デフです。)

モス・デフは2011年9月に自身の名前を法的に「Yasiin Bey(ヤシーン・ベイ)」に改名し,2016年1月19日,カニエ・ウェストのホームページでヒップホップ業界からの引退宣言をしました。モス・デフ改めヤシーン・ベイは,母親シェロン・スミスと父親アブドゥル・ラフマーンの子です。父親アブドゥル・ラフマーンはネーション・オヴ・イスラーム(Nation of Islam(略してNOI))の信者で,ワリス・ディーン・ムハンマドというスンニ派(イスラム教徒の宗派)に信徒として仕えました。モス・デフは20代の頃,ア・トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest)という偉大なるヒップホップ・グループのメンバーでありイスラム教徒であるアリ・シャヒード・ムハンマドやQティップ(Q-Tip)とよくつるんでいました。

また,カニエと同郷シカゴ出身ですが,カニエよりも若い世代のルーペ・フィアスコ(Lupe Fiasco)もムスリムです。

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(上記写真はルーペ・フィアスコです。)

ジェイZのレーベル=ロック・ネーション(Roc Nation)に所属しているヒップホップ・アーティスト=ジェイ・エレクトロニカ(Jay Electronica)も熱心なイスラム教徒です。彼の歌詞には,「神の平和を」を意味するムスリム同士の挨拶言葉「As-salāmu ʿalaykum(السَّلَامُ عَلَيْكُمْ)」がよく使われております。以下は,ジェイ・エレクトロニカの名曲「Exhibit C」ですが,以下YouTubeのタイムライン3:11~3:17の箇所で,アラビア語らしきイスラームの祈りの言葉が発せられております。

上記曲「Exhibit C」のプロデューサーはかの有名なジャスト・ブレイズです。ジェイZの名盤『The Blueprint』(2011年9月11日(9.11の日)にリリース)でカニエ・ウェストと双璧をなしたベテラン・プロデューサーです。ビヨンセのアルバム『レモネード(Lemonade)』に収録されているケンドリック・ラマーをfeat.した楽曲「Freedom」も,ジャスト・ブレイズがプロデューサーを務めております。

さて,話を戻しますと,このようにヒップホップ界にはイスラム教徒はめずらしくなく,他にも以下のとおり結構な数でイスラム教徒と呼ばれるヒップホップアーティストはいます。一部を挙げますと,T-ペイン,DJキャレド,バスタ・ライムス,SZA(最近ポップ界でも人気の女性歌手),スウィズ・ビーツ,MCレン,ケヴィン・ゲイツ,アイス・キューブ,フレンチ・モンタナ,フリーウェイ,ビッグ・ダディ・ケイン,ビーニー・シーゲル,エイコン,スカーフェイス,シェック・ウェス,ニプシー・ハッスルです。彼らの多くは,モス・デフの父親と同じく,ネーション・オヴ・イスラーム(NOI)を中心に信仰しているようですが,各アーティストによっては,どれくらい信仰しているかについての程度の差はあると思います。

ブラック・イスラームにおけるネーション・オヴ・イスラームという宗派は,どういった教えなのでしょうか。大きくわけて3つのことがいえるそうです。

1.伝統的イスラームの教えと同じくイスラム教の五行は基本的に信じているが(例えば「ラマダンの月には断食を行う」(夕刻のイフタールまでご飯を食べないし,水も飲まない。しかし最近は,パキスタンやアフガニスタン,イラクなど,酷暑の夏には水分を取らないのは危険なため,水だけは許されている国もあるそうです。)など)しかし,解釈の面で伝統的イスラームと相違している部分もある。

2.堕落した人生を送っている黒人を救うとする。(街角や監獄で,未来への希望も夢もなく時を過ごしている黒人たちや,麻薬,白人女性に対するレイプ,家庭崩壊などといったような(黒人として)誇るべき生き方でない道を歩んでいる者を救うとする。)

3.イライジャ・ムハンマドを使徒とする。(2019年時点の指導者はルイス・ファラカーンであるが,指導者は時代によって変われど,使徒(Messenger)であるイライジャ・ムハンマドは変わらない(注:NOIが解体しない限り。))ちなみに,預言者(Prophet)は伝統的イスラームもNOIも,ムハンマドであると信じる。

さて,こうしたネーション・オヴ・イスラームという黒人を対象とした特有のイスラム教のひとつの思想に,ブラック・ムスリムであるモス・デフやルーペ・フィアスコ,ジェイ・エレクトロニカは,どういうところに魅了されたのでしょか。

この続きは,後日,ひもといて参ります。

(文責:Jun Nishihara)

カニエ・ウェストの“Sunday Service”(22週目)

もともとはカニエ・ウェストの仲間内だけで身内の小さなジャム・セッションとして始めた“Sunday Service”でしたが,6月2日(日)に開催されたいつもの“Sunday Service”は,ひときわ際立ってクオリティの高いものになりました。声(Voice)と手拍子(clappings)をたくみに使い,シンセサイザーやドラムマシンなんていう人工的なサウンドはまったく使っていないにも関わらず,ここまで質の高いものに仕上がるとは,衝撃的なものといえるでしょう。

音楽を生業としてやっているミュージシャンがこれを見ると,「これは並大抵のものじゃないぞ」と驚嘆すると思いますが,なにせカニエのこの“Sunday Service”は謂わばアングラでやっているものですので,著名なミュージシャンには見つけられる可能性が低いというだけでそこまで有名にはなっていないのでしょうが,たちまちこれが有名になれば,その才能の高さには衝撃を受けることでしょう。

白人には作れないセッション(いや,これはもうセッションなんかではなく,もはやゴスペルだ)であると思います。このテンポといい,力強さといい,キレのある手拍子といい,とおる声といい,黒人が歴史上経てきた「いろいろなもの」がこういう形でひとつの強力な合唱に昇華したといえるでしょう。

以下をご覧ください。3ページあります。右にスライドするとページをめくれます。
(2ページ目ではカニエも映っております。これを群衆にまぎれて同じように身体を揺らしているカニエは,聖歌隊の仲間たちがここまでついてきてくれている(そして彼・彼女ら自身が楽しんでやっている)のを肌で感じて,誇りに思う父親のようなまなざしで見ているのは,どこか感慨深いものがあります。)

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SUNDAY SERVICE

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いつものようにキム・カーダシアン(Kim Kardashian)もサンデーサービスに参加しているのですが,彼女のインスタグラムからのIGTVも以下のとおり掲載しておきます。

以上,22週目の“Sunday Service”でした。

(文責:Jun Nishihara)

カニエ・ウェストの“Sunday Service”まとめ(20週目と21週目)

本年2019年の最初の日曜日(Sunday)から始動したカニエ・ウェストの“Sunday Service”は,はやくも現在20週目を迎えることとなりました。

今年初めての日曜日は1月6日にあたりますが,その日から日曜日は1日たりとも休まず,カニエ・ウェストとその仲間たち(名付けてカニエ軍団)は“Sunday Service”を開催してまいりました。

本日はその20週目(5月19日)と21週目(5月26日)を以下にて記録しておきます。

20週目(5月19日開催):この回では奇抜なミュージックビデオとミステリアスな存在感で知られるシンガー=Sia(シーア)が登場します。彼女のヒット曲「Elastic Heart」をミサのゴスペル・クワイア(聖歌隊)と合唱します。

キム・カーダシアンのツイッターでも以下のとおり掲載されております。

21週目(5月26日開催):この回ではついに,こどもたちの合唱まで聴くことができます。こども達の合唱を聞いているのもいいのですが,この動画のほんとうに重要なポイントは,タイムライン01:02から始まります。(ビデオはもう少し下のほうに掲載しております。)タイムライン01:02から始まる曲では,次第に手拍子(clappings)が始まるのが分かります。黒人音楽の歴史において,リズム感抜群の「手拍子」はとても重要な意味をもっております。手拍子は黒人が奴隷として重労働を強いられていた1900年代初期,手拍子でリズムをとって,重労働のつらさを幾分か和らげておりました。以下は,ウェルズ恵子先生の『魂をゆさぶる歌に出会うーアメリカ黒人文化のルーツへ』より抜粋します。

歌は,身体を使うどんな仕事のときも,働き手に力をくれました。リズムをとってみなが力を合わせた方が大きい力が出ますし,単純作業のときは歌いながらの方が飽きずに仕事がはかどります。帆船の船乗りは帆を揚げるときや錨を巻き上げるときに歌いましたし,農民が固い地面を耕したり,鉄道工夫が岩山をうがってトンネルを掘ったり,鉱山の坑夫が鉱石にハンマーを当てて砕くときなども,黒人たちは「はっ!」というかけ声を入れた歌をうたって力を合わせました。
(中略)
人間の筋力で固い地面を耕したり,鉱脈や石炭をハンマーとたがねで切り崩したりしていた時代,男たちは集団で歌のリズムにあわせて働きました。鉄の道具を振り上げるまでに息を吸ってひと呼吸,振り下ろすときに息を吐いてひと呼吸。テンポの速い曲も遅い曲もありますが,歌詞は呼吸と動作の速度にあわせて選ばれています。
−ウェルズ恵子・著『魂をゆさぶる歌に出会う(アメリカ黒人文化のルーツへ)』より︎

このように黒人にとって「リズム」は奴隷制度の時代から,黒人の身体を血液のように脈打つたいせつな要素でありました。リズムの中でも「打つ」という要素が高いものは「ビート」とも呼ばれます。

このように,黒人の身体の奥底に脈打つとても大事な要素としてリズムやビートがあり,黒人歴史にとっては,それはメロディや音色というものよりもさらに古くからあるものでした。メロディや音色を奏でるだけでは,重労働ははかどらないですからね。黒人にとってはリズムやビートが先に来ていた。逆に,貴族の暮らしをして,舞踏会に出向き,メロディにあわせて舞うように踊っていた白人にとっては,音楽のメロディや音色が重要視されておりました。こうした歴史を鑑みますと,黒人はビートの文化,白人は音色の文化,と位置付けることが一つの見方となりますでしょう。

そこで上記のカニエ軍団聖歌隊の「手拍子」に話を戻します。

この手拍子はとても速いテンポで叩かれます。「Jesus died for you.(ジーザスは我々の犠牲となった)」という歌詞を手拍子の合間に挿入し,聖歌隊メンバーが同じリズムで歌います。とても短いクリップですが,黒人文化に息づく音楽のとても大事な部分がここに垣間見れます。さて,そのビデオを以下に掲載しておきます。(タイムラインは01:02〜の箇所です。)

(文責:Jun Nishihara)

イースター以降のカニエ・ウェスト“Sunday Service”まとめ(17週目〜19週目)

4月21日(イースターの日曜日)に全米最大ミュージック・フェス=コーチェラ祭で開催されたカニエ・ウェストのSunday Service(サンデー・サービス)以降も,実は,カニエ・ウェストは引き続き,休むことなく,“Sunday Service(日曜のミサ)”を開催しております。

イースター以降の“Sunday Service”を以下にまとめておきます。

4月28日(日)開催“Sunday Service”(17週目)

5月5日(日)開催“Sunday Service”(18週目)

5月12日(日)開催“Sunday Service”(母の日:Mother’s Day Service)
この日は母の日ということで,世界中のママに捧げたサンデー・サービスとなりました。カニエは2007年に母親をなくし(その後カニエは『ハートブレイク&808』というアルバムを発表),母への追悼の曲として楽曲「Hey Mama」を捧げました。これはこじんまりとしたコンサートというよりも,毎週開かれているジャム・セッションですが,カニエ・ウェスト(とキム・カーダシアン)の自宅があるカリフォルニア州カラバサスの近郊で行われました。

(以下の映像はBillboard Newsより。)

(以下の映像はキム・カーダシアン(Kim Kardashian)のインスタグラムより。)

以下はご参考までに,2005年8月30日にリリースされたカニエ・ウェストの楽曲「Hey Mama」を掲載しておきます。

(文責:Jun Nishihara)

エミネムのラップ術に学ぶ(その②:教材はロジックの楽曲「Homicide」)

前回は,エミネムのラップ術について,1.アクセントの場所を入れ替えるワザを取り上げました。
本日はその②として,以下のとおり説明していきます。

2.次から次へと連打のように繰り出す韻踏み

まずは以下のヴァースをご覧下さい。

Big bills like a platypus
A caterpillar’s comin’ to get the cannabis
I’m lookin’ for the smoke but you motherfuckers are scatterin’
Batterin’ everything and I’ve had it with the inadequate
Man, I can see my dick is standin’ stiff as a mannequin
And I’m bringin’ the bandana back, and the fuckin’ headband again
A handkerchief and I’m thinkin’ of bringin’ the fuckin’ fingerless gloves back
And not giving a singular fuck, like fuck rap

上記の赤文字で反転している箇所の特に下線を引いているシラブルは韻を踏んでおり,これをまるでエミネムは連打するかのように,次から次へをスピットしています。

この部分を音声で聴いてみましょう。
以下のタイムライン,2:49〜3:02の部分です。

ものの13秒で以上のヴァースをスピットするのも驚くべきことではありますが,それ以上に注目すべきは「韻踏みを1秒に1回以上繰り出しているということ」です。13秒のうちに14回韻を踏んでいますので,その計算になります。

3.息の長さ

これは言うまでもないことですが,上記のヴァースにしても,ひと息でラップをやり遂げています。最後の「fuck rap」という箇所で息継ぎをして,その後の「I sound like a fuckin’ millionaire」のくだりへと進んでいます。

息継ぎはリセットです。たとえ,へとへとになっていたとしても,エミネムはこんなことないでしょうが,ぐだぐだのラップになっていたとしても,息継ぎの箇所で一旦持ち直して,心機一転,新たな心持ちで,その後に進めていけるようになります。

息継ぎをどこでするかという大切さはあります。ラップは息継ぎの場所で決まります。むかしから思っていたのは,ジェイZ(Jay-Z)は息継ぎがとてもうまい人だな〜と思って聴いておりました。しかも息をしているということが判らないように,「息の音」をひそめている。ラッパーによっては,「スーッ」とはっきりと息継ぎをしていることが聞こえる人もいますが,ジェイZはむかしから聞こえなかった。自分でもラップしてみると必ず,「スーッ」とやってしまうのですが,慣れてくると,「息の音」をひそめて息継ぎをすることができるようになってきます。意識をするかしないか,という要素もあります。「スーッ」と聞こえるように息継ぎするのが悪いというわけでもないです。ラップは芸術ですから,どちらが正解ということはないですが,おそらく息の音を聞かせると,敵に心の内を読まれてしまうキケンがあるので,下積み時代をハスラーとして過ごしたジェイZは,人に心の内を読まれないようにするため,自然に息の音を消すことを身につけていったのかもしれません。それが彼のラップに顕在していた,と言えるかもしれません。

(文責:Jun Nishihara)