(今でも)R&Bの王様:R. Kelly特集

メジャーデビューをした1993年、R. Kelly(R.ケリー)はR&Bの歴史上最高のR&Bアルバムと呼ばれた『12 Play』をリリースして、華々しいR&Bアーティスト人生を送ったのだが、その名声高き人生の特に後半は様々な訴訟と投獄を繰り返すこととなる。90年代そして2000年代初期の頃はあれだけ全米TV番組や音楽業界などからどれだけ素晴らしい歌声を持ったR&Bアーティストであるかと揶揄されていたにもかかわらず、訴訟や裁判の判決などが関わってきた頃から、業界始め一般市民はR. Kellyに冷たい視線を浴びせるようになった。

見てくれ、この世の中の手のひら返し。

今般のDiddy(パフ・ダディ AKA ディディ)の訴訟にしても、ユダヤ人に対する差別的発言をした頃のYe(カニエ・ウェスト改めイェイ)に対しても、ちょっとでも間違いを犯すと、それまで彼らの熱烈なファンだと自称していた人たちもすぐさま彼らに冷たい視線を浴びせる。そして彼らの音楽から遠ざかる。

世の中ってそんなもんですよね。「うまくいっている時は好かれる。間違いを犯したらすぐ嫌われる」まさにこれがHip-Hopメンタリティの真逆に位置する精神ですよね。

Hip-Hopの根底に流れる精神として「世の中への反発心」というものがあります。心構えのモンダイです。世の中へのことばにならない怒りと憤りを、ラップのビートに載せてリリック(ラップの言葉)を発するHip-Hopの遊びです。「遊び」と言いましたがそのHip-Hopの遊びをけっしてあなどるなかれ。「あそび」は時に真剣な金儲けにつながりますから。

脱線しました。世界イチHip-Hopを「あそんで」いるYe(カニエ・ウェスト)とR&Bの王様であるR. Kellyがコラボレートして作った「世の中への反発曲」があります。曲名はまさしく「To The World(世界へ)」です。これは様々な訴訟の嵐に揉まれている最中であり誰も音楽の才能として相手にしなくなったR. Kellyを呼んでカニエがプロデュースした曲です。この危険な時代のR. Kellyをコラボレートの相手にしたのはカニエだけ。それができるのはカニエしかいない。まぁ、カニエもそのクチですからね。世の中から当時もっとも嫌われていた2人で作り上げたこの曲はHip-Hopの最高の名曲であると言わずしてなんと呼ぶ?

そして後半歌う女性はTeyana Taylor(ティアナ・テイラー)です。ティアナもね、ワルなんですよね(笑)。この2人を手なずけられる唯一の女性R&Bアーティストであると。その曲がこれです。

Kanye West, R. Kelly & Teyana Taylor – “To The World”

R. Kellyについてマスメディアが書く腐った情報を読むよりも、上記の曲を1回聴いてみ。昔、R. Kellyのファンだと自称しながら、いまは全くR. Kellyの音楽を聴かなくなったヤツに訊きたい。訴訟とかマスメディアの情報があんたに一切遮断されていたら、R. Kellyの音楽をまだ聴いていたと思うか。心の底でどう思っているのか、それともR. Kellyの音楽はもう長年、遠ざかりすぎて、もはやどうも思わなくなったのか。訊きたい。

(文責:Jun Nishihara)

R. Kellyの忘れられた名曲5曲を掲載(其の一)

前回のDiddyに続き、世の中から最も嫌われることとなった黒人アーティストである R. Kelly の忘れられた名曲を5曲選びました。

  1. R. Kelly & Usher – “Same Girl”

2. R. Kelly – “Hair Braider”

3. R. Kelly – “I Believe I Can Fly”

4. R. Kelly – “To The Homies That We Lost (I Wish Remix)” これは永遠の名曲です。高校生の私はこの曲を歌詞カードを見ながら聴いて泣きました。

5. R. Kelly x Kelly Price x Kim Burrell x Maurice Mahon – “3 Way Phone Call” どれだけR. Kellyが世の中の悪者となろうが、R. Kellyの歌声はどんなR&B歌手のそれをも遥かに上回って上手いことがわかる。

(文責及びキュレーター:Jun Nishihara)

世の中には二種類の人間がいる。<Diddyの裁判、そしてヴァースをうけて>

世の中には二種類の人間がいる。推しが犯罪したことで離れるファンと、離れないファンだ。

上記は村上春樹が『ペット・サウンズ』の翻訳書のあとがきに書いた名言をもじって書いた文であるが、最近の「Diddy裁判騒動」を見ていて、Diddyが犯罪者であることがほぼ確定している状況で、Diddyのもとを離れるファンと、逆に、そんなことは関係ないと云わんばかりにDiddyのファンでいつづける人たちだ。

ちなみにわたしは後者です。

今日、親友にこういうメールを送った。

Diddyがここしばらく15年前?に犯したセクシャル犯罪で裁判にかけられてるけど、そんな15年なんて遥かに超えてDiddyを見て聴いて育った僕としては、そんなのはどーでもいい話で、(被害にあわれた人には申し訳ないけど、被害あわれた人はまた別の話だから)いまもDiddyの音楽を聴いてるし、変わってない。むしろ、これだけで僕がDiddyファンじゃなくなったら、前からそもそもDiddyのファンじゃなかったんじゃない、っていうことになるから。全人生否定になってしまう。これまでの人生なんだったんだって、こんなことでDiddyの音楽を聴かなくなったら。

R. Kellyにしてもそうで、最近、余計にR. Kellyの音楽がすばらしいと思えてきた。世の中から嫌われれば嫌われるほど、なんでDiddyとかR. Kellyの音楽が余計にすばらしく聴こえるんだろう、って思う笑

世の中から嫌われてナンボっていうカニエ(Ye)の精神が息づいている気がする。(そんな精神あるのかどうか知らんけど僕が勝手に思ってるだけ笑)世の中から阻害されていくラッパーたちにさらに親近感を感じさせてくれる。

ということで、Diddyプロデュースした楽曲を5曲、掲載しておきます。

  1. Puff Daddy & The Family – “Do You Know?

2. Diddy feat. Bryson Tiller, Yung Miami & Ashanti – “Gotta Move On (Remix)”

3. Diddy feat. Bryson Tiller – “Gotta Move On (Original Version)”

4. P. Diddy – “I Need A Girl Part 2”

5. Diddy feat. Keyshia Cole “Last Night”

(文責及びキュレーター:Jun Nishihara)

ラップでもなくR&Bでもなく(Kid Cudiが築いたポジショニング)

ちょうどカニエ・ウェスト(当サイトではYeの日本語名を「カニエ・ウェスト」に統一しております)が2018年にキッド・カディ(KiD CuDi)と組んで、Kids See Ghostsというスーパーグループを組んだ際、カディはラッパーとして売り込んでおらず、アルバム中、ほとんどラップしていませんでした。自分はもう「ラップはしないんだ」と。しかしながら、当時アメリカのメディアではカディのことをrapperと紹介していることが少なくありませんでした。

最近ではメインストリームのメディアに出ることは多くありませんが、カニエが創設したG.O.O.D. Musicのようなメジャーレーベルでデビューを果たしたカディのようなアーティストが当時、15年前に、真っ向からラップを否定する発言をしているのは珍しかった。カディは2010年のMTVインタビューでこう発言しています。

“I’m just over rapping. I don’t get any fulfillment out of it anymore… I really don’t get any fulfillment out of writing a 16 [bar verse]. […] I get more fulfillment now out of singing and learning to play the guitar.” – MTV News (2010)

「もうラップには飽きた。そこからは何の充実感も得られなくなってしまった・・・16小節のヴァースを書いても何の満足感を得られなくなったんだ。(中略)今は歌ったり、ギターを習ったりすることのほうが、よっぽど満たされるよ。」(キッド・カディ、2010年、MTV Newsのインタビューで)

Hip-Hop業界では、まだラップが売れる時代であった当時にこれを言っているHip-Hopアーティストは少なかった。しかしながら、この時期以降、ラップでもなくR&Bでもないポジションにいるアーティストが少なからず現れてきた。

Smino(スミノ)やNoname(ノーネイム)、それから今は亡きXXXTENTACION(エックスエックスエックス・テンタシオン)、Juice WRLD(ジュース・ワールド)。この2名(XXXTENTACIONとJuice WRLD)については、亡くなった後である現在も熱狂的なファンがい続ける物凄いカリスマ性を帯びたアーティストであるのは間違いない。さらに現在に近づいてくると、Saba(サバ)やLil Uzi Vert(リル・ウージー・ヴァート)、SiR(サー)やEarthGang(アースギャング)、Lil Durk(リル・ダーク)、そしてRoddy Ricch(ロディー・リッチ)と、カディの発言は受け継がれてきた。

こうして考えると、時代の趨勢がどうであろうと、世の中がどう思おうと、自分が感じている心の声に正直でいたほうがいいことがわかる。でないと、充実感を得られない、満足感を得られないことをやり続けることとなり、且つ、その後、それを受け継いでくれる人が現れない、もしくは、現れたとしても、自分の言葉がきっかけではなく、自分がそれに乗っかるほうになる、という”イノベーター”にはずっとなれないままとなる。そういった意味で、2010年に心の声に忠実にこのような発言をして、その後、それに続くフォロワーを確実にしたカディは、イノベーターであったといえる。

そのキッド・カディ(KiD CuDi)が16小節のヴァースで構成されたラップではなく、心の底から自分がやりたいと思っていた「歌」ができているミュージックビデオを3点、紹介します。

1. KiD CuDi – Mr. Solo Dolo III

2. KiD CuDi – Mojo So Dope

3. Kanye West feat. KiD CuDi – “Welcome To Heartbreak”

世の中には(いやYouTubeでも)キッド・カディを批判する内容のもので溢れているでしょう。メインストリームのHip-Hopカルチャーから外れたことをずーっとやってきた人間ですから。でもまさにカディにとっては「世の中に理解されない」ということが彼自身の個性であった。それに共感するアメリカ中の隠れ若者は多かった。公には公表していなくとも。そしてカディは生き続けた・・・

最後に、3週間前にリリースされた新曲「Neverland」のステージパフォーマンスを掲載して終わります。

(文責&キュレーター:Jun Nishihara)

NYの街角で、レオン・トーマスからひとこと

場所はNYマンハッタンの E 25th St. と 5th Ave. の街角で、タイラー・ウォルシュ(Tyler Walsh @twalsh)がレオン・トーマス(Leon Thomas)をインタビューした映像がありますので、そちらをご紹介します。

質問:どんな仕事やってますか?

レオン:僕はアーティストでシンガーソングライター。俳優もやってる。

質問:名前は?

レオン:レオン・トーマス。

質問:有名な曲は?

レオン:SZAの「Snooze」っていう曲をプロデュースした。その曲でグラミー賞も受賞した。

質問:いま制作中の曲は?次のリリース予定は?

レオン:自分の曲を出す予定。「MUTT」っていうシングル曲なんだ。チェックしてくれよ。
他のアーティストともコラボする予定だから、楽しみにしていてくれ。

質問:みんながキミの曲を聴くべき理由をひとつ挙げるとしたら?

レオン:僕は根っからのミュージシャン。曲中のメロディーは自分で楽器を演奏してプロデュースしてる。ナマの楽器を演奏するアーティストが好きなファンがいれば、ぜひ聴いてくれ。

質問:ファンに伝えたいメッセージは?

レオン:他人に何て言われようと、他人が決めた自分になるんじゃなくて、自分が決めたように生きること。自分の価値を自分で作り上げていくってとても大事。そうすれば他のことはだいたい流れるようにうまくいくようになる。

インタビュア:今日はありがとう。

レオン:こちらこそ、Yo、Thank you.

from @twalsh on YouTube

文責及び訳:Jun Nishihara

太陽が照る13ヶ月:Aminéのニューアルバム

5月24日(土)お昼正午頃、アミーネ(Aminé)が5月15日にリリースしたニューアルバム『13 Months of Sunshine』を聴く。1曲目は「New Flower!」いきなりフィーチャリングアーティストとして今ノリに乗ってるレオン・トーマス3世(Leon Thomas)を迎えた楽曲。新しい人生、新しい世界、新しい未来を迎える準備が整った2人が織り成す世界をこのアルバムで満喫。爽快な氣分にさせてくれるアルバム。2人の若さと軽さでまったく胃もたれしない。まさにこんなアルバムをいま求めていた。奥田民生がNHKの『鶴瓶の家族に乾杯』に出演した際、新潟の街を歩きながら、ずっと探していた「道具を作る道具」をようやく見つけた時に言っていた「まさに求めてたものってこれじゃない」の「これ」がまさにこのアルバムじゃない。13 Months of Sunshineってなぜ13ヶ月にしたのか気にならない?まず、この「Sunshine」をどう日本語に訳すかと考えた時に、まっさきに思いついたのは「日なた」という日本語だけれど、これって、またNHKネタですが、ルイ・アームストロングの「On the Sunny Side of the Street」が話題になったNHK連続テレビ小説『カムカムエブリバディ』で出た「Sunny」の訳語だった。1年だけじゃなくて、12ヶ月にプラスしてもう1ヶ月加えることによって、1年という一線を「越えた(抜けた)」感が伝わってくる。これから始まる新しいスタートを表現している。まさにNew Flower!の「New」がこの新しい年の「1ヶ月」とリンクする。そして新しい13ヶ月目の新しい年には、まずは「Be easier on yourself」(自分自身に)あんまり無理させんなよ、と、楽曲11で伝えてくれている。「Just give it time」時間掛ければいいよ、と。あ、大事なことを忘れてた。アミーネのルーツであるエチオピアの暦では1年が13ヶ月あり、エチオピアはまたの名を「13ヶ月の太陽(13 Months of Sunshine)」と呼ばれているんですね。13か月間太陽が照ってる国、それがアミーネのふるさとなのですわ。

ちなみに楽曲5「Cool About It」でfeat.されているLIDOはノルウェーのプロデューサーでチャンス・ザ・ラッパーのアルバム『Coloring Book』でも「Same Drugs」と「Angels」を手掛けた人。冒頭曲の「New Flower!」でアミーネが言ってる「In New York but I’m feeling Memphis / Bleek」のくだりは、今年イチのラインかもしれない。「今年イチのライン」の候補に入れときます。

さて、2曲ここに載せておきます。

まずは1曲目、楽曲7「Vacay」です。

そして2曲目、楽曲15の「Arc de Triomphe」です。

文責・キュレーター:Jun Nishihara

Hip-Hopの一つの回帰場所:2002年リリースの楽曲。

シカゴ出身のカニエ・ウェストによるプロダクション,ブルックリン出身のJAY-Zによるリード,フィラデルフィア出身のビーニー・シーゲルによるフィーチャリング,そして場所は深南部(Deep South)に飛んで,ヒューストン出身のスカーフェイス。ヒップホップ史なかなか多種性(diversity)に富んだラップ曲。こんな素晴らしい曲が2002年にリリースされていた,ことを憶えておいてほしいです。

電話の保留音(以下)が当時のNYイチカッケーラップになるとは誰も思っていなかった。

ベートーヴェン「エリーゼのために」をフリップしたNASの「I Can」である。

Mos Defの「Brown Sugar」。2002年が蘇ってきますか?

続いては,ブルックリンからマンハッタンダウンタウンの映像を細切れに集めたコラージュをミュージックビデオに昇華させたタリブ・クウェリの名曲「Get By」。“get by”とは「ありあわせのものでなんとかやっていく」という意味で,ゼータクなんてできねぇよ的なサヴァイヴァル・ミュージック。「just to get by」ってタリブがリピートしますよね?それ「なんとかやっていくだけで」っていう意味です。

そして,密かにHip-Hop史上原点回帰の楽曲「What We Do」。一つには,ワルやらなきゃ生きてけねえ時代を映し出した音楽。まさに「正しさ」とは逆のことをやって生きていた2002年。他方で,ハスリングという,ヒップホップ界で当時流行った金儲けのやり方も表現している。2002年という時代が俺らの心の中で永遠にすたれることのないように,この曲にそれらを閉じ込めてくれた,偉大なる曲。この曲を聴けば,2002年当時の精神(ワルやってた,その代わり勢いはめちゃめちゃあった生き様)に即,戻してくれる。

雰囲気は一変して,パーリーピーポー感のある映像を一つ。これも2002年。なつかしいですね。

次はブロンクスから。Fat Joe(ファット・ジョー)の登場。これも2002年。かなりなつかしいですね。

Fat Joeと同じく同郷ブロンクス出身のジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)がLL Cool Jとコラボレーションした曲。これも2002年リリース。流行りましたねえ。

ヒップホップ・ダンスに生涯を捧げているミッシー・エリオット(Missy Elliott)の「Gossip Folks」。これも2002年リリース。

続いて同じくミッシーから。「Work It」。これは当時,50セントのREMIXバージョンも世に出ました。

50セントといえば,当時ガチ流行った「In Da Club」以外に,なかなか素晴らしい曲を出しています。その一つが「21 Questions」。これは「In Da Club」の裏で流れていた曲。2002年を思い出しますね。

続きまして,ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)プロダクションのSnoop Dogg「Beautiful」。これも2002年リリース。当時私もNYに住んでいましたが,Hot97のヒップホップラジオで流れまくり。ハヤりました。ファレルは年取らないですね。いまも同じルックス。

まだまだ行けそうですが,今日はここら辺で。これくらい2002年リリース楽曲の数々を聴くと,いつでも即原点回帰が可能となります。人生に迷った時には,原点回帰することが重要。上記を聴いて,回帰してください。

最後に,2002年リリースのアルバム『The Blueprint 2: The Gift & The Curse』に収録された「All Around The World」の素人ドラムバージョンをお届けして終わりにします。

今日も当サイトにお越しいただき,ありがとうございます。過去のページも見ていってください。

(キュレーティング:Jun Nishihara)

コロナ禍「以前」のNYラップ。

コロナ禍「以前」のNYラップを載せておきます。コロナ禍前はこういう感じだったというフィーリングを憶えておくために。

まずはNYベテラン・ラッパー。ファボラス(Fabolous)の2019年11月リリースのミュージックビデオから。

続きまして,ハーレム・ラップの極み,ディップセット(ディッップセッ!!)の凄さを世に知らしめたゴテゴテのNYラップ,キャムロン(Cam’ron)。

上記キャムロン(aka キラ・キャム)の「Losing Weight 3」には勿論のこと,バージョン1とバージョン2がございまして,バージョン1に至っては2000年9月リリース。ちょうど20年前の今月ですね。ちゃんとその伝統を引き継いでいる。興味ある方はネットを探してみてください。ビートのサンプリングはTeddy Pendergrassの「Don’t Leave Me Out Along the Road」です。以下掲載しておきます。

ファボラス及びジェイダキスのタッグはNY以外の何物でもない。その贅沢なソウルフル・コラボレーションを以下でどうぞ。FabolousとJadakissがこう言ってます。「ほら,おまえも椅子持ってこい(Then, pull up a chair)」ってね。そこで一緒にsoul foodを頰張ろうじゃないか,と。

次は,クイーンズブリッジのプロジェクト・ビルディングで1973年9月に産声を挙げ,1994年,HIP-HOP史で最も重要なアルバム『Illmatic』を世に送り出したラッパー,NAS(ナズ)の登場。これもコロナ前。コロナになろうとならまいと,コロナ前から,生きることに伴う「生の苦闘」がNASの生声には漂っていた。

次はブルックリンのMARCY PROJECTS野郎,JAY-Z。又の名をホヴァ。ここでは多くを語らない。

コロナ禍以前にも関わらず,NYラップはどうしてここまでも哀しみを帯びた音楽であろうのだろう。全然パーリーピーポー感が感じられない。哀愁漂う楽曲の多さ。

リック・ロス vs. 2チェインズ

8月6日に開催されたVerzus恒例バトル,今回はHIP-HOP界大御所=リック・ロス(Rick Ross)と現代のアトランタラップを代表するラッパー=2チェインズ(2 Chainz)のバトルでした。明らかにヒット曲の引き出しが次から次へとエンドレスに出てくるリック・ロス(Rick Ross)に真正面から挑もうとするだけ2チェインズの勇敢さに拍手・・・ですが,勝敗は明らかにリック・ロスでしょう。あまりにもこの2人のヒット曲の多さの違いが見て取れます。

リック・ロスといえば,あの曲もあればあの曲もあるという風に,芋づる式に出てきます。例えば,Jay-Zとの「Free Mason」,カニエとの「Devil In A New Dress」,リル・ウェインやDJ Khaled,そしてドレイクとの「I’m On One」,そして2010年代HIP-HOP界のクラシック(名曲)とされるドレイクとの「Aston Martin Music」,Jay-Zとの「YouKnowIGotIt」・・・リック・ロスと聞いて連想するヒット曲は以上のとおり,幾らでも出てきます。これでもまだ,リック・ロス履歴の代表作である初期の作品「Hustlin’」や「B.M.F.」を数えずに,これだけ出てきます。圧倒的に,2チェインズにとってはちょっとレベルの差がありすぎて公平さに欠ける勝負となってしまったので,2チェインズも途中で言いますが,「Y’all gonna keep bullying us the whole time or what!!(こりゃ参った!今日の俺はイジメられ役だな)」と。

リック・ロス vs. 2チェインズ

(キュレーティング:Jun Nishihara)

UKの黒人音楽シーン(UKシリーズ:その⑤)

UK生まれのHip-Hop楽曲を以下にキュレートしておきます。

1. 1993年生まれのロンドン出身黒人女子ラッパー=ナディア・ローズ(Nadia Rose)。同郷出身の黒人ラッパー=ストームジー(Stormzy)の従姉妹です。

2. 1993生まれのロンドン出身黒人男性ラッパー=ストームジー(Stormzy)。もう今となっては英国出身のカオともなっておりますが(ドレイクにfeat.された後は特に),有名になる以前は暫くの間,英国アンダーグラウンドラッパーとして名を馳せておりました。

彼がアングラ・コミュニティに受け入れられるキッカケとなった,Wicked Skengmanフリースタイル・シリーズを以下掲載いたします。英国の「声」を聴いてみてください。

3. ミズ・ダイナマイト(Ms. Dynamite),1981年生まれロンドン出身。デビューはなんと2002年!デビューアルバム『A Little Deeper』はこれまで約50万枚を売り上げ,シングル曲「Dy-Na-Mi-Tee」は英国R&Bチャート第2位にランクイン。

4. カノ(Kano),若き英国ラッパー。アメリカではハードコア・ラップというジャンルが昔ありましたが,そんなものはUKにはそぐわない。UKでは,グライム・ラップ(Grime Rap)と呼びます。それが彼が名を馳せるキッカケをくれたものなのです。レペゼンはどこまでもイングランド。

5. デイヴ(Dave),1998年生まれ,ロンドンはブリックストン出身。ナイジェリア出身の両親のもとに生まれた3人兄弟の末っ子です。デビューアルバム『Psychodrama』は英国ヴァイナル・ファクトリーが選ぶ「2019年に出た最も素晴らしい50枚のアルバム」のなんと第1位に選ばれます。

その『Psychodrama』から収録楽曲「Black」を掲載いたします。

デイヴ(Dave)は2019年11月,米NPR局の“Tiny Desk Concert”にも登場しました。

(文責及びキュレーション:Jun Nishihara)