ヒップホップ音楽とイスラム教の関係 (アルバム『Ye』のリリースから今年6月1日で1年を経たいま振り返る(その③))

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(上記写真の中心奥で,ネーション・オヴ・イスラームの現・指導者であるルイス・ファラカーンと肩を並べて映るカニエ・ウェスト)

前々回,そして前回は,カニエ・ウェスト周辺のイスラム教徒たち,そしてヒップホップ界のイスラム教徒たちはイスラム教のどういったところに魅了され改宗していったのか,ということをさぐっていきました。

本日はその最終日,ネーション・オヴ・イスラームの起源,そしてルイス・ファラカーンという人物についてお送りして,幕を閉じたいと思います。

<ネーション・オヴ・イスラーム(Nation of Islam(略してNOI))とは>
ネイション・オヴ・イスラムという表記もします。これはいわば「黒人イスラム団体」です。1930年7月4日(アメリカでは独立記念日の日)にアフガニスタン出身とされるウォレス・D・ファード・ムハンマドという人物によって創始されました。黒人イスラム団体ではありますが,幾分か政治的な含みも持っておりました。NOIを批判する人たちは,この団体を「黒人至上主義団体だ」みたいに主張しますが,NOI側は,これをまっさきに否定し「我々は黒人“至上”団体なんかでは全くない。黒人と白人の平等を目指す団体だ」と明確に主張しております。もともとは「黒人の社会的自立を目指す運動」として始まりました。これまで400年間,黒人は奴隷として扱われてきた歴史を立て直そうという使命のもと,立ち上がりました。それがこの団体の起源でした。

本年3月31日にこの世を去ったヒップホップ界の英雄=ニプシー・ハッスル(Nipsey Hussle)もイスラム教徒でした。ネーション・オヴ・イスラーム団体は,ニプシーの追悼に以下の文章を捧げております。

「ネーション・オヴ・イスラーム(ニプシー・ハッスルを追悼)」

<ルイス・ファラカーン(Louis Farrakhan)とは何者か>
上記追悼ステートメントでも署名をしている「ルイス・ファラカーン」とは,ネーション・オヴ・イスラーム団体の現・議長です。1933年5月11日ニューヨーク市の生まれ。1955年にマルコムXに誘われて,ネーション・オヴ・イスラームに加盟します。1978年に黒人のイスラーム運動を再生すると主張し,イリノイ州シカゴ市にネーション・オヴ・イスラーム本拠地を再建し,強硬派をまとめて指導者となりました。1995年10月ワシントンで「黒人100万人大行進(ワシントン大行進)」を指揮し,1996年年米TIME誌で「米国の最も影響力のある25人」の一人に選ばれました。同年カダフィ大佐が主宰するカダフィ人権賞が贈られ,雄弁な演説家で、黒人の自立を唱える一方、米国は人種別に離婚すべきだと語る黒人分離主義者で,過激な主張も展開しています。

最後にネーション・オヴ・イスラーム現・指導者であるルイス・ファラカーンに言及しているカニエ・ウェストの楽曲「All Day」をお届けして,幕を閉じることといたします。

カニエ・ウェストはキリスト教徒ですが,ルイス・ファラカーンとは共感する部分も多かったといいます。特に「黒人であることに対する思想」については共鳴するところが多いようです。

同曲でカニエはこうラップします。

Just talked to Farrakhan, that’s sensei, nigga
Told him I’ve been on ten since the 10th grade, nigga

さっきファラカーンと電話で話した,あれは俺の師匠(センセー)だぜ
「高1の頃からずっとあんた(=ファラカーン)の言ってること信じてきたぜ」って,そう伝えたぜ

カニエ・ウェストのアルバム『Ye』のリリースから1年を経たいま,同アルバムを振り返るいい機会に,曲の冒頭でスピットする「I called up the Muslims」がとてもインパクトのある歌詞として取り上げ,
黒人文化がイスラム教に影響を受けてきた歴史や,ヒップホップ音楽とイスラム教との関係,そしてマルコムXを経由してのネーション・オヴ・イスラームについてほんの少しだけでしたが,取り上げました。

音楽がインスタントに消費され,作られては消え去っていくサイクルが短い昨今,アルバム『Ye』はスルメイカのようにじっくり噛んで,聴き込まれるべき音楽といえるでしょう。上記「I called up the Muslims」というほんの1行の歌詞だけで,いろいろ遊ぶことができます。そう言った意味合いでも,まさに長生きするアルバムでしょう。

最後に同アルバム『Ye』の全曲歌詞・対訳を以下のとおり掲載しておきます。
今日も当サイトにお越しいただき,ありがとうございます。

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楽曲①「I Thought About Killing You」
楽曲②「Yikes」
楽曲③「All Mine」
楽曲④「Wouldn’t Leave」
楽曲⑤「No Mistakes」
楽曲⑥「Ghost Town」
楽曲⑦「Violent Crimes」

(文責及び対訳:Jun Nishihara)

ちょこっと解説:カニエ・ウェストと大自然で過ごしたワイルドな3日間(ニューヨークタイムズ紙記事より)

本日(7月1日)付,ニューヨークタイムズ紙WEEKEND MUSIC欄に,大きく一面(いや,2頁にわたる2面!)を飾ったのはカニエ・ウェスト。1頁目には「Into the wild with Kanye(カニエと共に大自然へ)」と題して,2頁目には「Three Days in the wild with Kanye(カニエと大自然で過ごしたワイルドな3日間)」と題して,2頁をフルに使って掲載された。

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記事にはカニエが写っている写真が5つ,掲載されている。

ワイオミング州の山奥で開催された,アルバム『ye』のリスニングパーティーの模様。ウェスト夫人=キム・カーダシアンや娘のノースとともに写った写真。ライブ模様。トランプ大統領とのツーショット等だ。

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さて,この長文記事を2頁にわたって書いたのはJon Caramanicaというニューヨークタイムズ紙専属の音楽評論家ジャーナリストであるが,なかなかうまい具合に記事をまとめている。

記事の内容は,まず,今年4月中頃に始まったカニエがアップした一連のツイートに始まり,カニエのアルバム『ye』がリリースされるまでのドラマをイチから説明してくれている。「事の始まり」としてのカニエの入院の原因等,私生活も説明している。自殺を考えたいきさつや,人の目を気にし過ぎていた日々,自由を感じられず,束縛されていた日々など,カニエの精神状態について,なかなかうまくまとめている。

さて,写真にもあるワイオミング州ジャクソン・ホールの山奥で開かれたリスニング・パーティーである。

これだけのヒップホップアーティストが一度にワイオミング州の山奥に集合したのは,前代未聞ではなかろうか。カニエ,プッシャT,キッド・カディはもとより,コンセクエンス,スウィズ・ビーツ,070シェイク,2チェインズ(ペットの犬まで!),タイ・ダラー・サイン,DJグレッグ・ストリート,デザイナー,サイハイ・ザ・プリンス,エイサップ・ナスト,リル・ヤッティー・・・so on and so forth。

みんなでキャンプファイアーを囲んでのリスニング・パーティーになったという。(↓こんな感じ)

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(カラーではこんな感じ↓)

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本記事にはカニエとのインタヴュー内容も掲載されている。

トランプ大統領支持について,こう答えている。

質問:But if he says something like he doesn’t want to let Muslims into the country, do you like the way that sounds?
(もしトランプ大統領が「イスラム教徒はこれ以上,アメリカへ入国させない」なんていうことを言えば,それを支持しますか?)

カニエ:No, I don’t agree with all of his policies.
(いや,ヤツの政策全てを支持するワケじゃない。)

そして,「奴隷は選択だ」発言について,こう答えている。

質問:To clarify, do you believe that slavery in this country was a choice?
(確認ですが,この国にあった奴隷制度は,ほんとうに選択できたものだと思いますか?)

カニエ:Well, I never said that.
(いや,そういうことを言ったんじゃない。)
カニエ:I said the idea of sitting in something for 400 years sounds – sounds – like a choice to me, I never said it’s a choice. I never said slavery itself – like being shackles in chains – was a choice.
(言ったのは,400年の時を経ても,奴隷制度がまだ続いていたっていうのを考えた時,それは人々が「あえて」廃止しようとしなかったから,って思えたんだ。奴隷そのもの,例えば両足を鎖に繋がれたりしていたことが選択だ,とは一度も言っていない。)

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そして,この記事から学べる一番大事なことはこれなんじゃないかと思う。

カニエは言う。

We need to be able to be in situations where you can be irresponsible. That’s one of the great privileges of an artist. An artist should be irresponsible in a way – a 3-year-old.

(時に,自分が無責任になれる状況に身を置かなきゃいけない。それがアーティストとしての素晴らしき特権である。本来アーティストは無責任でなければいけない,ある意味,3歳児だと思って。)

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記事の最後に,記者はこう締めくくる。

“Getting comfortable with the dissonance, that’s the thing.”
(不調和音を安心して受け入れられるようになること,それがカニエを理解することの第一歩である。)

カニエはこう言う。

“My existence is selvage denim at this point, it’s a vintage Hermes bag. All the stains just make it better.”
(俺の存在は今やセルビッジ・デニムだよ。エルメスバッグのヴィンテージ品さ。シミと汚れがさらに良い味を醸し出す。 ー カニエ・ウェスト)

補足:ちょうど昨年の今頃(2017年6月30日)であったが,ジェイZが『4:44』をリリースした際,ボーナストラックとして後日,アルバムに収録された楽曲「MaNyfaCedGod」で,ジェイZはこうラップした。

Broken is better than new / That’s Kintsukuroi.

傷が入った品は,新品よりも価値がある/それを金繕いと言う。

金繕い(金継ぎ)とは,割れや欠け,ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し,金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法をいう。まさに「新品」とは異なった趣(おもむき)をその芸術作品に感じることができる。(つまり,新品の作品と,ヒビ割れを修復したあとの作品とを較べたとき,ヒビ割れ後の作品のほうが,深い味を感じられる,ということだ。)

これをカニエに繋げるとすれば,新品のカニエと,精神的な傷跡によってできた「割れ」や「ヒビ」などを経てきたカニエ(まさに今のカニエ)とでは,後者のほうが,深い味を鑑賞することができる,といった具合だ。

ジェイZが言う「kintsukuroi」を,カニエは「vintage Hermes bag」と表現した。この今となっては「疎遠のブラザー同士」は,ほんとうに似たようなことを考える“兄弟”である。

(文責:Jun Nishihara)