永久保存版:米・女子ラッパーを網羅②:写真&代表作 (ニッキー・ミナージュ(2004)以前)

前回はニッキー・ミナージュ登場以前からすでに活躍していた女子ラッパーについて包括的にご紹介いたしました。つまり2004年以前にすでにヒップホップ最前線で活躍していた女子ラッパーたちです。

本日はその彼女たちの写真にあわせてもっとも最初に聴くべき代表作品とともにご紹介していきます。

1. Roxanne Shante (1984)(ロクサン・シャンティ)
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代表作:『Bad Sister』
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2. Salt-N-Pepa (1986)(ソルト・アン・ペッパー)
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代表作:『Very Necessary』
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3. MY Lyte (1988)(MCライト)
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(↑真ん中がMC Lyteです。)

代表作:『Act Like You Know』
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4. Queen Latifah (1989)(クイーン・ラティファ)
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(左=Mary J. Blige, 右=Queen Latifah)

代表作:『Black Reign』
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5. Mary J. Blige (1989)(メアリー・J.ブライジ)
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代表作:『What’s the 411』
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6. Missy Elliott (1989)(ミッシー・エリオット)
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代表作:『Under Construction』(下記ジャケ写真)もしくは『Miss E… So Addictive』
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7. Monie Love (1990)(モニー・ラヴ)
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代表作:『Down to Earth』
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8. Da Brat (1992)(ダ・ブラット)
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代表作:『Funkdefied』
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9. Rah Digga (1993)(ラー・ディガ)
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(左=Lil’ Kim,右=Rah Digga)

代表作:『Dirty Harriet』
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10. Lauryn Hill (as The Fugees) (1994)(ローリン・ヒル)
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代表作:『The Miseducation of Lauryn Hill』
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11. Lil’ Kim (1994)(リル・キム)
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(左=Lil’ Kim, 右=Eve)

代表作:『Hard Core』
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12. Erykah Badu (1994)(エリカ・バドゥ)
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代表作:『Baduism』
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13. Amil (1994) (アミル)
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(左から,Memphis Bleek, Amil, Jay-Z, Beanie Sigel)

代表作:『All Money Is Legal』
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14. Charli Baltimore (1995)(チャーリ・バルティモア)
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(左=Charli Baltimore, 右=Ashanti)

代表作:『Cold As Ice』
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15. Foxy Brown (1995)(フォクシー・ブラウン)
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(左=Nicki Minaj, 右=Foxy Brown)

代表作:『Broken Silence』(楽曲3,4はアツ過ぎ!“B.K. the Home of Biggie and Jay!”)
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16. Ms. Jade (1995)(ミズ・ジェイド)
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代表作:『Girl Interrupted』(楽曲3はティンバランド制作ビートに似合いすぎ,楽曲10はジェイとの共演作(ヒップホップのクラシック!)。)
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17. Bahamadia (1996)(バハマディア)
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代表作:『Kollage』(↓アルバムジャケの裏面)
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18. Shawnna (1996)(ショーナ)
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(Shawnna, Ludacrisとのツーショット)

代表作:『Block Music』
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19. Eve (1996)(イヴ)
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代表作:『Scorpion』(楽曲9はDa BratおよびTrinaとの女子ラッパー3名の共演作。)
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20. Trina (1998)(トリーナ)
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(同郷マイアミ出身=Rick Rossとのツーショット)

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(元カレ=Lil Wayneと)

代表作:『Who’s Bad』(トリーナのラップ範疇の広さを物語るのは,楽曲16のようなエロい曲から,楽曲4のようなフリースタイルまで,あらゆる内容についてスピットできることです。)
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新曲:「F*** Boy」

21. Vita (1998)(ヴィータ)
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(左から,Vita, Ja Rule, Ashanti)

代表作:『Pre-Cumm』
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22. Remy Ma (2000)(レミー・マ)
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(ダンナのPapooseと)

代表作:『there’s something about remy』
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(文責:Jun Nishihara)

永久保存版:米・女子ラッパーを網羅① (ニッキー・ミナージュ(2004)以前)

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(写真は2018年2月15日,ハーレムのネイルサロン(Junie Bee Nails)のオープニングセレモニーで。左はTeyana Taylor,右はMissy Elliott。)

本年2019年,ヒップホップ界で何が最大の出来事だったかといいますと,ヒップホップ史上最高の度合いで女子ラッパーたちが活躍したという事実でしょう。今年は物凄い勢いで女子ラッパー陣が活躍いたしました。

現代ヒップホップには欠かせないシティ・ガールズ(City Girls)やカーディB(Cardi B)といったラッパーたちもさることながら,今年は「女子ラッパーの年(Year of the Female Rappers)」と呼んでいいほど,あらゆるエリアからの女性ラッパーがメインストリームへの登場を果たしてきました。

シティ・ガールズに関しては,昨年ドレイクが楽曲「In My Feelings」をリリースしたことにより,一躍有名となりました。これまではフロリダ州の一部でしか名を馳せていなかったこの女子ラッパーユニットは,ドレイクのこの曲のおかげで世界的名声を勝ち得たともいえます。

カーディBに関しては,もはやヒップホップ界のみならず,ポップス界で勝負していけるほどの才覚やセンスの持ち主となり,3年前(2016年)の時点ですでに,当時ポップス界のブルーノ・マーズと肩を並べるほどの存在となりました。

さて,こうした現代ヒップホップ界における「女子ラッパー」の存在にスポットライトを注いだ火付け役といえば,おおもとを辿れば,ニッキー・ミナージュが始まりといえます。2007年にアングラでリリースされたミックステープ『Playtime Is Over』収録のフリースタイル曲「Warning」でニッキーはヒップホップのアングラ界で一躍有名となりました。これだけフリースタイルをカマせる女子ラッパーはめずらしいぞ,と。ニッキーが世に出てきたからというもの,数多の女子ラッパーが登場しました。Azealia Banks, Rapsody, Young M.A, Iggy Azalea, Angel Haze, Dreezy, DeJ Loaf, Doja Cat, Snow Tha Product, Saweetie, Lizzo, Teyana Taylor等々です。

逆に,ニッキーが世に出る「までの」女子ラッパーというのももちろんおります。
以下は女子ラッパーの礎を築いた,それこそ最重要人物たちです。
このリストは心に刻んでおくべきでしょう。この人たちがいなければニッキー・ミナージュの存在はなかったといえます。そしてニッキーの存在がいなければ,今のシティ・ガールズやカーディBもいなかったでしょう。しかしながら,ニッキーの存在が凄いのは,黄金時代の女子ラッパーたちと現代の女子ラッパーたちの「あいだ」の存在として,ちゃんと橋渡しをしているところです。ニッキーが出るまでは今の世代の女子ラッパーは半分以上現れていなかったと過言してもよいところでしょう。

『歴代女子ラッパー』:ヒップホップ黄金時代の礎を築き上げた偉大なる女子ラッパーたち
(上からデビュー順に並べていきます。( )内はデビューの年です。)
1. Roxanne Shante (1984)
2. Salt-N-Pepa (1986)
3. MC Lyte (1988)
4. Queen Latifah (1989)
5. Mary J. Blige (1989)
6. Missy Elliott (1989)
7. Monie Love (1990)
8. Da Brat (1992)
9. Rah Digga (1993)
10. Lauryn Hill (as The Fugees) (1994)
11. Lil’ Kim (1994)
12. Erykah Badu (1994)
13. Amil (1994)
14. Charli Baltimore (1995)
15. Foxy Brown (1995)
16. Ms. Jade (1995)
17. Bahamadia (1996)
18. Shawnna (1996)
19. Eve (1996)
20. Trina (1998)
21. Vita (1998)
22. Remy Ma (2000)

ここまでがひととおり,ニッキー・ミナージュがヒップホップのアングラ界で名を挙げるまでに登場した,ヒップホップ黄金時代を築き上げた最も重要な女子ラッパーたちです。(つまり,ニッキー以前のラッパーたち。)

非常にたいせつなリストですので,もういちど復習しておきます。

1. Roxanne Shante (1984)←※昨年,映画『Roxanne Roxanne』を観ました。初期のヒップホップにとってあまりにも重要な人物ですので,彼女へのリスペクトを表し,その半生を描いた映画です。映画の後半には子供の頃のNas(ナズ)も出てきます。この映画を観ると,あのナズでさえも,彼女(Roxanne Shante)の生き様に関わっていたことがわかります。Roxanne Shanteは1969年のクイーンズ生まれ。母子家庭で姉妹とともに育ちました。9歳の頃にラップを始めて,14歳の頃にラッパー名をロリータからロクサン(英語読み)へと変更。周りの女子は誰一人としてラップなんてしていなかった時代に,ラップを始めた。その度胸だけでも称賛されるべきです。その生き様はまことに苦闘の日々でした。その苦闘をラップ曲へと昇華することに成功し,初期ヒップホップを次に紹介するSalt-N-Pepaへと繋げた最重要人物です。

2. Salt-N-Pepa (1986)←※塩(ソルト)はシェリル・ジェイムス,胡椒(ペッパ)はサンドラ・デイトンです。二人はクイーンズの短大(Queensboro Community College)で看護学を学ぶ学生時代に出会い,ラップユニットを結成しました。シェリルはブルックリン出身。サンドラはクイーンズ出身。もともとはスーパーネーチャー(Super Nature)というユニット名で,3人目がいました。専属DJのDJ Spinderella(スピン+シンデレラ=スピンデレラ)です。Salt-N-PepaはRoxanne Shanteと並んで,ヒップホップの創設時代に必ず名前が挙がる人物です。

3. MC Lyte (1988)←※自身の名前に“MC”という呼称を付ける数少ないMCの一人です。しかも女性で。しかもですね,女子ラッパーで“MC”という呼称を入れているのは,MCライトだけです。男子ラッパーでは,MC Ren, MC Eigt, MC Shan, MC Jin, MC Hammer等いますが,女性ではMC Lyteのみ。女子ラッパーというより,女子リリシストと呼べるほど凛々しいラップをする彼女。MC Lyteの曲で「Poor George」というのがあります。ジージー(Young Jeezy)が楽曲「Shake Life」でサンプリングしておりました。名曲ですので,「Poor George」(1991)を聴いてみてください。しかしそれにも,さらに元ネタがありまして,それがTotoの「Georgy Porgy」(1978)でした。

4. Queen Latifah (1989)←※知っていますか?クイーン・ラティファとニッキー・ミナージュが映画『Barbershop: The Next Cut(邦題:バーバーショップ3 リニューアル!)』で共演していることを。女性ヒップホッパーというジャンルを象った一人の女性(=ラティファ)が,今の世代のバービー・ドールたちを産み出した若き女子ラッパー(=ニッキー)とともに「世代を超えて」共演している映画があるということを。ニッキーは今,アップル・ミュージック(Apple Music)専用ラジオ局で,Queen Radioというラジオ局を持っておりますが,おおもとの“Queen”はこの人=Queen Latifaでした。ラティファとニッキーがこうして多面的に繋がっていることにより,ラティファの音楽がいつの時代も生き続けるように祈るばかりです。

5. Mary J. Blige (1989)←※ヒップホップ界ではいろいろな人が「クイーン」の名を好き勝手に使っておりますが,この人こそが正真正銘「元祖クイーン」です。メアリーは次に出るミッシーとともに,黒人女性にとって非常に重要なアイコンでしょう。メアリーの名盤『What’s the 411』は,女子ラップではなく,女子とか男子とかカンケーなく,ヒップホップ音楽(そしてR&B音楽)における最も重要なアルバムです。日本国民全員が一家に一枚持っておくべき最重要アルバムです。今晩の夕ご飯の時には,TVは消して,DVDも消して,Netflixも消して,『What’s the 411』をかけてみてください。ハマります。一度ハマれば,二度と戻れない。一度ブラックにハマれば,二度と戻れない(“Once you go black, you can never go back.”)。入り口は『What’s the 411』です。全てはここで始まります。そんなアルバムを作ったメアリーは次のミッシーとともに歴史的人物として歴史(少なくとも黒人女性の歴史)の教科書に載るべき人物でしょう。日本の小学校の歴史の授業で,「メアリーがいたから〇〇」や「ミッシーがいたから〇〇」の〇〇には,この二人により救われた人々の名前が入ります。メアリーの何がすごいかって,彼女の苦しみと涙に満ちた歌詞に共感する女子が当時も,今も,ほんとうに多くいらっしゃるということです。時代は変われど,メアリーの歌詞と歌に共感する人は絶えないですね。それだけ女子にとって普遍的な音楽を創り続けているメアリーは偉大な人物です。

6. Missy Elliott (1989)←※いやぁ,ミッシーに関しては,現代黒人女子ラッパーのみならず,黒人女性のアイデンティティを作り上げたという点において,特筆すべき,非常に重要な歴史的人物です。「黒人女性史」というジャンルがあるならば,必ずメンションされるべき人です。この前,どこかのTV番組で,若い黒人女性シンガーがこう言っているのを見かけました。「こんなデブの私でもひとりのブラックシンガーとして認められるようになったのは,ミッシーのおかげです。当時ミッシーが,MTVで流れるミュージックビデオでダンスしているのを観て,私も家で曲にあわせて真似して歌った。ミッシーが成し遂げたことは,黒人女性にとって革命的なことだった。」ヒップホップや音楽という範疇を超えて,ミッシーが成し遂げたことは,黒人女性にとっていかにたいせつであったかを,別の機会に書ければと思っております。

7. Monie Love (1990)←※UK出身です。英国はロンドン生まれ。名前の読み方は「マニー・ラヴ」ではなく「モゥニー・ラヴ」。彼女の「Monie in the Middle」を聴いてみて下さい。「彼女は誰だ!」「モゥ,モゥ,モゥニー・インダ・ミド」「ダ,ダ,ダ,ミド!」って言ってます。

8. Da Brat (1992)←※ヒップホップ界最も重要なプロデューサーの一人であるジャーメイン・デュプリ(Jermaine Dupri)率いるソー・ソー・デフ(So So Def)所属の女子ラッパー。高い声に,早いラップが売り。ノリは良く,ツカミは完璧。パッパッパとしたテンポのいいラップが好きな人なら,すぐに好きになれます。彼女のアルバム『Funkdafied』はオススメ。ジャーメイン・デュプリは数えきれないほどの名曲を残しておりますが,Lil’ Kim, Left Eye Lopes, Missy Elliott, Da Brat & Angie Martinezとのコラボレーション曲「Not Tonight」の中でもいちばんハードなラップをカマしているのはDa Bratでした。

9. Rah Digga (1993)←※バスタ・ライムス率いるフリップモード・スクワッド軍団のファースト・レディ!女子なのにタフ.タフ,タフ。タフな女子ラップを聞きたければ,とにかく彼女のアルバムを聞くべし。彼女が尊敬するラッパーは,KRS-One,Rakim,Kool G Rapと,ヒップホップ界でもハードなラップをするベテラン勢を挙げております。メジャーデビューは,当時Q-ティップに才能を見出さられ,バスタ・ライムスを紹介されたことに始まります。

10. Lauryn Hill (as The Fugees) (1994)←※下記12.のエリカ・バドゥもそうですが,ローリン・ヒルについても日本の女子ヒップホッパーの間で特に人気がありますね。彼女のグラミー賞受賞のアルバム『Miseducation of Lauryn Hill』はあまりにも有名です。それまでは,女子ラッパーが「Album of the Year(最優秀アルバム)」を受賞したことはありませんでした。歴史上初めて最優秀アルバム(ヒップホップ部門でもなく,ラップ部門でもなく,女性アーティスト部門でもなく,全てを包括した中で,男女関係なく,ジャンル関係なく,最も優秀なアルバム)は,ヒップホップ,しかも女性のヒップホップとしては,初めての快挙でした。そういった意味では,ヒップホップ史のみならず,音楽史で非常に重要なアルバムでしょう。

11. Lil’ Kim (1994)←※冒頭でニッキー・ミナージュは現代女子ラッパーのおおもとを築き上げた人物だと云いました。ニッキーがそうであれば,リル・キムが成し遂げたのは,ニッキーが成し遂げたものとの性格(性質)は似ているかもしれません。また,90年代のヒップホップで最も有名な女子ラッパーとも呼べるかもしれません。名付けて女子OG。女子のオリジナル・ギャングスタ。ブルックリン出身で,ビギーの愛人。レコードでもビギーとのセックスをそのまま曲に流し,下品なラップ曲を厭わずに,世に出しました。ヒップホップに恥など無関係,と言わんばかりに。このおかげで,あらゆる女性が自由を勝ち取ったことでしょう。女子のエロを解放してくれたラッパー,それがリル・キムでした。

12. Erykah Badu (1994)←※この人が成した功績に関しては,ここだけでは語りきれないでしょう。エリカ・バドゥは日本のヒップホッパー女子にも非常なる人気を誇っております。わたくしがここで語るのはおこがましいことですが,ひとつ彼女について言えるとすれば,エリカ・バドゥほどヒップホップに創造性を与えたアーティストは男女ともにいない,ということでしょう。彼女ほどヒップホップの可能性をさぐった人はいませんでしたし,その可能性をどこまでも挑戦し続けた。実践的な面でも,スピリチュアルな面でも。そしてヒップホップそのものと肉体面での関係を持ち,純粋にそれを愛した。肉体のエロさという極致とスピリチュアルな愛というもののもう片方の極みを昇華させたアーティストは男のアーティストを探してみてもめずらしいでしょう。エリカほど理解不能な歌手は今の時代はあらわれにくくなっていますねえ。

13. Amil (1994)←※アミルの特徴的な声は忘れられません。今はどこにいるのかわかりません。でも彼女の声だけはこの耳にこばりついています。ケガが治りかけた瘡蓋のように。ジェイZの「Can I Get A…」を聴いてみてください。あと,1998年に日本でデフ・ジャム関係のアルバム(国内盤)を入手すると,「次回Def Jamレーベルからリリース予定の新盤!」ということでライナーノーツにおまけでチラシが入っていました。その中で,アミルのアルバム『All Money Is Legal』が近々リリース予定!として記載がありました。そしてそれがリリースされたのは2000年8月29日。リードシングル「I Got That」では当時まだデスチャに所属していたビヨンセをフィーチャリング。デフ・ジャムのみならず,Roc-A-Fellaレーベルの辿った歴史として,重要な女子ラッパーです。

14. Charli Baltimore (1995)←※チャーリー・ボルティモアはビギーの愛人でした。ビギー(=The Notorious B.I.G.)は1995年,ライヴ後のアフター・パーティでチャーリーと出会い,関係を持ち始めました。ビギーとジェイZとパフ・ダディが当時スーパーグループ=The Commissionを結成しようと計画していたのを目の当たりにしていた女子ラッパーこそが彼女チャーリーでした。チャーリーに聞けば聞くほど,当時のビギーの秘話が出てくる出てくる。ビギーと関係を持っていた女子ラッパーとして,おさえておくべき重要人物でしょう。

15. Foxy Brown (1995)←※フォクシーは当時,Nas達とThe Firmというスーパーヒップホップユニットを結成しておりました。その彼女が,ジェイZの楽曲「Ain’t No Nigga」にフィーチャリングされ,一躍有名に。デビュー作の『Ill Na Na』ではその特徴的な声で,ヒップホップ界に「新しい旋風」を巻き起こしました。リル・キムとは違った趣向で切り口,角度でヒップホップに登場しました。当時は,「リル・キム派」か「フォクシー・ブラウン派」か,もしくは第三の波「ミッシー派」か,その三大帝王の指に入るほどメジャーなフィメール・ラッパーでした。

16. Ms. Jade (1995)←※個人的にはとても好きな女子ラッパーです。彼女を知ったのは2001年でした。当時ニューヨークのストリートで売られていたミックステープにMs. JadeとJAY-Zのコラボ曲が収録されていて(「Count It Off」という曲です),あれがヒップホップこてこてのクラブ(当時NYCで有名であったClub Speed(ヒップホップ伝説の男DJ Mister Ceeもここでスピン!))で流され,「おぉ,これミックステープで聴いた曲や!」とテンション上がったのは記憶にあります。Ms. Jadeのフィリーをレペゼンする,ドスの聴いた声で低音ベースがガンガン聴いたティンバランド・ビーツは超マッチ。「Count It Off」はあらゆる意味で名曲ですので,聴いてみてください。

17. Bahamadia (1996)←※デビュー作アルバム『Kollage』のカバー表紙はきっと見たことがあるでしょう。あまりにも有名なアルバム。女子ラッパー名盤。バハマディアのこのアルバムは必ず聴いておくべき。

18. Shawnna (1996)←※アトランタ出身リュダクリスのDisturbing Tha Peaceレーベル所属。ショーナ自身はシカゴ出身。リュダクリスのメインストリーム・デビュー・シングル曲である喘ぎも入るエロエロの曲「What’s Your Fantasy」でコラボレーション。

19. Eve (1996)←※もはや女優としての才能に恵まれた多才なラッパー。当時はスウィズ・ビーツ率いるラフ・ライダーズのファースト・レディー的存在。

20. Trina (1998)←※女子ラッパー,特にサウス出身の女子ラッパー,にとっても最も重要な女子MC。サウス女子のそれこそ礎を築き上げた張本人

21. Vita (1998) ←※当時ジャ・ルールと同胞マーダーINC.に所属していた女子ラッパー。ジャの「Put It On Me」のPVがMTVで流れ,そこでジャの相方としてラップしていた細身の彼女。

22. Remy Ma (2000)←※Ne-Yo(ニーヨ)とのコラボレーション「Feels So Good」はあまりにも有名な楽曲。当時ミックステープを売りまくっていた「アルファベットラッパー」ことPapoose(パプース)と結婚。パプースはオフィシャル・アルバムを出す出す出す,と言っていて,ずっと待ち続けていたが,いまだに出していない。(蛇足ですが「アルファベットラッパー」といっても馬鹿にすることなかれ。アルファベットを「A」から「Z」まで順番に韻を踏んでいくんです。当時ニューヨークのHOT97で聴いたときは,「スゲエッ!こんなん初めて聴いたわ!」と度肝を抜かれました。後に同胞ブルックリン出身のファボラスも「C→G」までアルファベットラップをやって,それもなかなかよかったです。)

さて,次回は各女子ラッパーの写真と代表作を掲載します。

(文責:Jun Nishihara)

追悼:ソウルの女王=アレサ・フランクリンがヒップホップに与えた影響(その2)

前回のつづきです。

NYはハーレム出身のラッパー=キャムロン(Cam’ron)の引き出しから,この一曲です。

2002年5月にリリースされたヒップホップ名盤『Come Home With Me』から,シングルリリースされた「Day Dreaming」を取り上げます。

このアルバムには,ジェイZがfeat.されている「Welcome to New York City(ニューヨークシティーへようこそ)」という曲も収録されています。

さて,アレサ・フランクリンがヒップホップ界に与えた影響は,当時の若手ラッパーT.I.にとどまらず,ハーレム出身のベテラン・ラッパー=キャムロンにも及びました。

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キャムロンは素晴らしい数々のヒップホップ名曲を残していますが,その中でもアレサ・フランクリンの「Day Dreaming」がサンプリングされた,名前が似ている(スペルの綴り方は異なります)「Daydreaming」(プロデュースはカニエ・ウェスト!)から,この歌詞を取り上げます。

I know fucking with a crook is whack
I lied, cheated, still took me back
What I do? Turn around, ask you to cook me crack
Boost my work with a jerk and tell the truth it hurts
Cause you even ask me to come through to church
What I do? Act second rate
I stole ten dollars out of the collection plate
But I’m ready to change
You got my heart, plus you smart
And the sex is great
And you hate rap, I like that girl
I argue with Keisha, I ain’t like that girl
You jumped right out the car, to fight that girl
You beat her ass, you ain’t have to bite that girl
And my baby got the best thighs
And my whip she ain’t never got to test drive
Copped her the X5
You paid attention when no one acknowledge me
This is my public apology, holla B

ダメ男と付き合うのはダサいなんて思ってんだろ
ウソついて,浮気もした,それでも俺のこと,好きでいてくれた
君にムリも言った,ふり向けば,「コカイン寄こせ」とか言って
仕事前にフェラして,やる気出させてくれた,ちょい痛かったけど
「あたしと教会,いっしょに行こ」って,さそってくれた
でも俺は,ふざけてた
教会の募金箱から,10ドル盗んだり
でも良い人間になろうと決めた
君の愛にやられた,おまけに君は育ちもイイし
君とのセックス,たまんないし
君はラップが大嫌い,それでもダイジョウブ
キーシャと口喧嘩,それはダイジョウブじゃない
君は車から飛び降りて,キーシャを黙らしてくれた
ボッコボコにしてくれた,噛みつくまでもなかった
それに君の太もも最高さ
俺のアメ車,試乗するまでもないさ
君にBMW買ってあげた
だれひとり俺のこと相手にしてくれなかった時に,君だけは認めてくれた
この曲は君に捧げる,謝礼の曲さ,連絡してこいよ,Bちゃんよ

カニエ・ウェストは,この曲のプロデュースに関わっています。前回の「追悼:アレサ・フランクリン」のページでも書きましたが,古い曲をサンプリングすることによって,その曲が現代・現在によみがえります。カニエ・ウェストがやってきたことの偉大なひとつは,まさに,このことでした。

アレサ・フランクリンの才能は,そうそう受け継げるものではありません。しかし,こうして,40年の月日を経て,現代のヒップホップでアレサ・フランクリンの歌声が聴けるなら,「アレサの代わり」がいなくとも,いまのところは,なんとかやってけるかもしれないと感じています。

「アレサ・フランクリンの代わり」はいないかもしれませんが,「アレサ・フランクリンの魂(ソウル)」は,こうして現代のヒップホップ音楽を媒介として,受け継がれていくでしょう。

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Source: photo: WENN.com

(文責:Jun Nishihara)

追悼:ソウルの女王=アレサ・フランクリンがヒップホップに与えた影響

ヒップホップというのはおもしろいもので,昔に作られた古い曲をよみがえらせる力を持っている。

たとえば1972年1月にリリースされたアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)の「Day Dreaming」(シングルカットされたのは翌月の2月)という曲は,当時レコード盤で売り出され,B面には「I’ve Been Loving You Too Long」や「Border Song (Long Moses)」という曲が収録されていました。この「Day Dreaming」が収録されていたのは『Young, Gifted and Black』という名盤で,後に米国TVネットワークのVH1にて「音楽史上最も偉大なアルバム76位」に挙げられました。

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この「Day Dreaming」という曲をサンプリングして,よみがえらせたのがラッパーT.I.とキャムロン(Cam’ron)です。T.I.はアルバム『Trap Muzik』を2003年8月にリリースし,その中に「Let’s Get Away」という曲を収録しました(後にシングル曲としてリリース)。キャムロンはアルバム『Come Home With Me』(ヒップホップの名盤!)を2002年5月にリリースし,中に「Daydreaming」を収録しました(こちらも後にシングル曲としてリリース)。

T.I.の「Let’s Get Away」もキャムロンの「Daydreaming」も,アレサ・フランクリンの名曲「Day Dreaming」をベースに,サンプリングしています。YouTube等で検索して,聴いてみてください。

T.I.がこの曲を出したのは2003年です。大人気を博する直前,まさにヒップホップ界の若者として活動していた頃ですね。T.I.の時代はまだ始まっていなかったですが,「才能あるヤツだ」と誰もが認めつつある頃でした。そして2年後の2005年,T.I.は『Urban Legend』というアルバムをリリースし,遂にミリオンセラー(100万枚セールス超え)を達成しました。2006年にリリースしたアルバム『King』はビルボード第1位を獲得し,こちらもミリオンセラー達成(日本のオリコンチャートでも26位達成。アメリカのポップ音楽がオリコンチャートに登場するならまだしも,ヒップホップ曲が日本のオリコンチャートに入ってくるというのは稀であった時代です。)しました。

その後2008年にリリースしたアルバム『Paper Trail』もビルボード第1位を獲得し,このアルバムに至っては米国のみで200万枚セールス達成,ダブル・プラチナム盤の地位を獲得しました。2008年というダウンロード真っ盛りの時代に,ダブル・プラチナム盤獲得というのは,珍しく,稀有なことです。

そういったヒップホップ界の若手T.I.が爆発的人気を博する直前に出していたのが,アレサ・フランクリンの「Day Dreaming」をサンプリングし,ラップを乗せたこの曲です。ヒップホップ界では,「サンプリングネタ」というのは,昔の曲への究極のリスペクトと考えられています。古い曲を死なせない,むしろ,よみがえらせるという力をヒップホップは持っている。しかも若者が。

T.I.の「Let’s Get Away」はラップ曲でありますが,R&B風です。歌いやすく,耳にもやさしい。普段ラップを聴かない人にも,なじみやすい。親しみやすい。

そして,「Let’s Get Away」という「いま」の曲を通して,アメリカの若者たちは,古い曲を聴いているのでした。「T.I.ばっか聴いて育った」,という若者が,どこかでアレサ・フランクリンの曲を聞いたときに,「うん?これはどこかで聞いたことのある曲だな」とか言って,興味を持つかもしれない。それでツカミはできます。一度,ツカミ(hook)ができれば,あとはアレサ・フランクリンのパワーによって,惹きつけられるのみ。そうやって,惹きつけられれば,人はその音楽を聴いて,さらに他の曲も聞いてみたくなるでしょう。そうやって,40年の年月を経て,アレサ・フランクリンの昔の曲はよみがえり,生き返ります。

ヒップホップの「サンプリング」という技術はこういった素晴らしい力を秘めています。

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さて,そのT.I.の「Let’s Get Away」から,以下のリリックを取り上げます。

Bet they be like “I know he tired of the nightlife
He want a wife, he just lookin’ for the right type”
Yea right, I be ridin’ through the city lights
My hat bent, gettin’ high behind the ‘lac tint
I’m chilllin’ with Brazilian women, heavy accents
They black friends translatin’, got’em all ass naked, adjacent
Have relations wit’em many places
Leavin’ semen in they pretty faces
Make’em kiss they partners with it in they faces
Young pimpin’ sprung women ‘cross the 50 states
Got young ladies requestin’ “What’s Yo Name” on 50 stations
Askin’ me what’s a pussy popper, want a demonstration
But I ain’t waitin’ til the second date, I’m so impatient
Relieve’em of they aggravation, take’em rollerskatin’
On them Dayton’s, tell’em “Baby, stick with me, you goin’ places”
Go replace’em, draw erase’em out my memory
Moist panties and wet sheets when they think of me

まさか俺が「夜遊びなんて飽き飽きさ
奥さん候補の,まともな女,探してんのさ」なんて思ってるって?
んなバカな,今でもネオン街のド真ん中クルマで走って
キャップ傾けて,窓にスモーク張ったキャディラック乗って,ハイに飛ばしてる
ブラジル出身で,英語ナマリの激しい女たちと,くつろいで
黒人の女友達に通訳してもらって,ズボン脱がして,オシリむき出し
いろんな場所で,エッチして
カワイイ顔に愛汁ぶっかけて
顔に白いのつけたまま,女友達にチューさせて
アメリカ中の女を気絶させ,遊びまわって,若いしイケメンだし
アメリカ中の女子高生,俺の曲「What’s Yo Name」をリクエストするし
彼女たち「「マン突き」ってナニ?」だって,実演して見せてやろうか?
2回目のデートまで待てない,俺って超せっかちだからさ
彼女たちのストレス発散させてあげて,ローラースケートに連れてって
デイトンのリム(タイヤ)廻して,「ベイビー,俺について来な,いろんなトコへ」
次から次へと女を変えて,ハッパ吸って,記憶から消してって
彼女たち,俺のこと妄想して,パンティーずぶ濡れ,ベッドシーツ湿ってる

T.I.をとおしてアレサ・フランクリンを知った人も,そもそもT.I.は知っているけれど,アレサ・フランクリンを聴いたことない人も,どちらも良いと思います。後者の人もいつかアレサ・フランクリンをどこかで聞いて,「あ,この曲どこかで聴いたことある。T.I.の曲に似てるけど,ちょっと違う」とか言って,探してみると,実は「この曲」がオリジナルの原曲だった,ということを知ることになれば,ほんとおもしろいな,とか私は思います。音楽の楽しみには,「新しい曲」をとおして「原曲」というか「古い曲」を知る,ということにあると思います。

アレサ・フランクリンが亡くなった先週8月16日に,アメリカのあるラジオパーソナリティがインスタグラムでアレサ・フランクリンの素敵な写真をアップしつつ,こう書いていました。”Every time a real legend dies in music, I always think ‘who the hell do we have in the wings to uphold that excellence?'”(音楽史に残る伝説のミュージシャンが一人一人と死んでゆく時代に,私はいつも思う。「こんなに素晴らしい才能を受け継いでいける人なんて,この人以外にいるか」って。)

マイケル・ジャクソンが2009年に亡くなった日に私はこう書きました。「ポップの王は死んで,ポップを永遠の音楽にさせた。」と。ポップはトレンドです。移り変わってゆくものです。その時代,時代に合わせて,ポップは変わってゆくものですが,マイケル・ジャクソンは,その「移りゆくもの」を「永遠」の音楽にさせました。

アレサ・フランクリンは,これからも「Queen of Soul(ソウルの女王)」として,ヒップホップ界に敬愛されてゆくでしょう。そして,アレサの音楽は,ヒップホップをとおして,生き続けてゆくことでしょう。

(文責:Jun Nishihara)