アレサ・フランクリンに捧げた記事(米TIME誌より)

店頭で何気なく手にした米TIME誌に,アレサ・フランクリンの記事が載っていた。「アレサ・フランクリンが歌い始めた時,月と太陽が輝きだした」(When Aretha Franklin sang, out poured the sun and the moon.)という一文で始まる。英語は倒置法を使用している。冒頭の一文にとっておきの用法だ。「アレサの声は希望を纏った哀しみであり,喜びであり,人生に完璧なものなど何も無いという達観であった。しかし,その声は,いつだって光を放ち,輝きを解き放っていた。」(Her voice was optimism shaded with sorrow, joy tempered by the understanding that nothing in life can be perfect – but above all it was a sound that both absorbed and radiated light.)

この記事は,米TIME誌に所属する映画評論家,ステファニー・ザカレック(Stephanie Zacharek)が書いた記事だ。文中に“explosive”(爆発的)という単語を使っている。なにを表現しているかといえば,まさに,アレサの声だ。

「アレサ・フランクリンは,ビリー・ホリデーや,ニナ・シモン,そしてマハリア・ジャクソンたちが築き上げたいしずえから生まれた歌手である。また,その逆に,アレサ・フランクリンがいなければ,ドナ・サマーも,シャカ・カーンも,ホイットニー・ヒューストンもいなかっただろう。そしてジャネル・モネやリアーナ,そしてビヨンセも生まれていなかった。」(Franklin emerged from the multiple paths forged by Holiday, Nina Simone and Mahalia Jackson. Without her there could have been no Donna Summer, Chaka Khan or Whitney Houston; nor would there be a Janelle Monae, a Rihanna or a Beyonce.)

先の文に不定冠詞の“a”を使い「a Janelle Monae, a Rihanna or a Beyonce」と書いているのは,まさに逆説的であるが,複数を意味しているためである。「ジャネル・モネのようなアーティストたちも,リアーナのようなアーティストたちも,ビヨンセのようなアーティストたちも」アレサがいなければ生まれていなかった,というニュアンスを不定冠詞はもたらしてくれている。

「表現をすることに長けており,また,(表現を)抑えることに優れているアーティストであった。」(She was an expert at both expressing and hiding.)

記事全文はこちらで読むことができます。
http://time.com/5367138/aretha-franklin-appreciation/

以下↓は1968年6月28日付米TIME誌の表紙です。
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以下↓は1961年コロンビア・レコーズから初リリースしたLPジャケです。
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この記事で,評論家であるステファニー・ザカレックは最後にこう書いています。

「この長い歴史の中で一瞬のあいだ,われわれはクイーン(アレサ)とともに生きる恩恵に預かった。この国のもっとも過酷で困難を極める時代に,アレサ・フランクリンはその声でわれわれに歌を授けてくれた。そして“彼女の歌”を標(しるべ)に,われわれはあとにつづいた。アレサ・フランクリンはわれわれに多くのことを教えてくれた。彼女の歌声を聴く喜びとともにありながら。」(Yet for a time, this sweet land of liberty was graced with a queen. She sang her way through one of our nation’s most charged and challenging eras, and we followed the sound of her voice. She taught us so much, just because it was pure joy to listen.)

こういった文章を読んでいつも気づかされるのであるが,彼女のようなスーパースターと「同じ時代」に「同じ空気を吸って生きることができた」ということに,ほんとうに感慨深いものを感じる。アレサ・フランクリンと同じ時代に生きられたというのは,当然のことではないし,とてもラッキーなことであると思っている。糸井重里さんがビートルズを語っていたときに言っていたのを憶えているが,ビートルズが活動していたのは8年と,意外と短い。しかしその8年間のビートルズを,10代の頃の糸井重里は,リアルタイムで体験していた。今の若者は(若者といわなくても,30代や40代でも)もうビートルズが活動を終えたあとで,「アーカイブとしてぜんぶいっぺんに聴いているわけ」なのである。そう,アーカイブとしてぜんぶいっぺんに聴いている,というのは,「明日ビートルズの新しいアルバムが出るぜ!」とか,「明日ビートルズのライヴコンサートに行ってくるぜ!」とか,もう無いということだ。だって,もうアルバムは全部出てしまっているし,あのワクワク感は,もう経験できない。リアルタイムで聴いていた人は,そのワクワク感を,リアルタイムで経験していたということだ。それをわれわれは,アレサ・フランクリンで,経験できていたんだ。

糸井重里さんは,ビートルズについてこう語っていました。

「まあ、あれだ、ビートルズに影響を受けたり
憧れたりした人はものすごくたくさんいてね、
たとえ何年経ったとしても、
その人たちのなかには「ビートルズ」が
脈々と血として流れていると思うんです。」

アレサ・フランクリンをリアルタイムで聴いていたわれわれの血には,たとえ黒人でなくとも,「アレサ・フランクリン」が脈々と流れているものなんです。

(文責:Jun Nishihara)

ちょこっと解説:カニエ・ウェストと大自然で過ごしたワイルドな3日間(ニューヨークタイムズ紙記事より)

本日(7月1日)付,ニューヨークタイムズ紙WEEKEND MUSIC欄に,大きく一面(いや,2頁にわたる2面!)を飾ったのはカニエ・ウェスト。1頁目には「Into the wild with Kanye(カニエと共に大自然へ)」と題して,2頁目には「Three Days in the wild with Kanye(カニエと大自然で過ごしたワイルドな3日間)」と題して,2頁をフルに使って掲載された。

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記事にはカニエが写っている写真が5つ,掲載されている。

ワイオミング州の山奥で開催された,アルバム『ye』のリスニングパーティーの模様。ウェスト夫人=キム・カーダシアンや娘のノースとともに写った写真。ライブ模様。トランプ大統領とのツーショット等だ。

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さて,この長文記事を2頁にわたって書いたのはJon Caramanicaというニューヨークタイムズ紙専属の音楽評論家ジャーナリストであるが,なかなかうまい具合に記事をまとめている。

記事の内容は,まず,今年4月中頃に始まったカニエがアップした一連のツイートに始まり,カニエのアルバム『ye』がリリースされるまでのドラマをイチから説明してくれている。「事の始まり」としてのカニエの入院の原因等,私生活も説明している。自殺を考えたいきさつや,人の目を気にし過ぎていた日々,自由を感じられず,束縛されていた日々など,カニエの精神状態について,なかなかうまくまとめている。

さて,写真にもあるワイオミング州ジャクソン・ホールの山奥で開かれたリスニング・パーティーである。

これだけのヒップホップアーティストが一度にワイオミング州の山奥に集合したのは,前代未聞ではなかろうか。カニエ,プッシャT,キッド・カディはもとより,コンセクエンス,スウィズ・ビーツ,070シェイク,2チェインズ(ペットの犬まで!),タイ・ダラー・サイン,DJグレッグ・ストリート,デザイナー,サイハイ・ザ・プリンス,エイサップ・ナスト,リル・ヤッティー・・・so on and so forth。

みんなでキャンプファイアーを囲んでのリスニング・パーティーになったという。(↓こんな感じ)

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(カラーではこんな感じ↓)

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本記事にはカニエとのインタヴュー内容も掲載されている。

トランプ大統領支持について,こう答えている。

質問:But if he says something like he doesn’t want to let Muslims into the country, do you like the way that sounds?
(もしトランプ大統領が「イスラム教徒はこれ以上,アメリカへ入国させない」なんていうことを言えば,それを支持しますか?)

カニエ:No, I don’t agree with all of his policies.
(いや,ヤツの政策全てを支持するワケじゃない。)

そして,「奴隷は選択だ」発言について,こう答えている。

質問:To clarify, do you believe that slavery in this country was a choice?
(確認ですが,この国にあった奴隷制度は,ほんとうに選択できたものだと思いますか?)

カニエ:Well, I never said that.
(いや,そういうことを言ったんじゃない。)
カニエ:I said the idea of sitting in something for 400 years sounds – sounds – like a choice to me, I never said it’s a choice. I never said slavery itself – like being shackles in chains – was a choice.
(言ったのは,400年の時を経ても,奴隷制度がまだ続いていたっていうのを考えた時,それは人々が「あえて」廃止しようとしなかったから,って思えたんだ。奴隷そのもの,例えば両足を鎖に繋がれたりしていたことが選択だ,とは一度も言っていない。)

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そして,この記事から学べる一番大事なことはこれなんじゃないかと思う。

カニエは言う。

We need to be able to be in situations where you can be irresponsible. That’s one of the great privileges of an artist. An artist should be irresponsible in a way – a 3-year-old.

(時に,自分が無責任になれる状況に身を置かなきゃいけない。それがアーティストとしての素晴らしき特権である。本来アーティストは無責任でなければいけない,ある意味,3歳児だと思って。)

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記事の最後に,記者はこう締めくくる。

“Getting comfortable with the dissonance, that’s the thing.”
(不調和音を安心して受け入れられるようになること,それがカニエを理解することの第一歩である。)

カニエはこう言う。

“My existence is selvage denim at this point, it’s a vintage Hermes bag. All the stains just make it better.”
(俺の存在は今やセルビッジ・デニムだよ。エルメスバッグのヴィンテージ品さ。シミと汚れがさらに良い味を醸し出す。 ー カニエ・ウェスト)

補足:ちょうど昨年の今頃(2017年6月30日)であったが,ジェイZが『4:44』をリリースした際,ボーナストラックとして後日,アルバムに収録された楽曲「MaNyfaCedGod」で,ジェイZはこうラップした。

Broken is better than new / That’s Kintsukuroi.

傷が入った品は,新品よりも価値がある/それを金繕いと言う。

金繕い(金継ぎ)とは,割れや欠け,ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し,金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法をいう。まさに「新品」とは異なった趣(おもむき)をその芸術作品に感じることができる。(つまり,新品の作品と,ヒビ割れを修復したあとの作品とを較べたとき,ヒビ割れ後の作品のほうが,深い味を感じられる,ということだ。)

これをカニエに繋げるとすれば,新品のカニエと,精神的な傷跡によってできた「割れ」や「ヒビ」などを経てきたカニエ(まさに今のカニエ)とでは,後者のほうが,深い味を鑑賞することができる,といった具合だ。

ジェイZが言う「kintsukuroi」を,カニエは「vintage Hermes bag」と表現した。この今となっては「疎遠のブラザー同士」は,ほんとうに似たようなことを考える“兄弟”である。

(文責:Jun Nishihara)