Hip-Hopの一つの回帰場所:2002年リリースの楽曲。

シカゴ出身のカニエ・ウェストによるプロダクション,ブルックリン出身のJAY-Zによるリード,フィラデルフィア出身のビーニー・シーゲルによるフィーチャリング,そして場所は深南部(Deep South)に飛んで,ヒューストン出身のスカーフェイス。ヒップホップ史なかなか多種性(diversity)に富んだラップ曲。こんな素晴らしい曲が2002年にリリースされていた,ことを憶えておいてほしいです。

電話の保留音(以下)が当時のNYイチカッケーラップになるとは誰も思っていなかった。

ベートーヴェン「エリーゼのために」をフリップしたNASの「I Can」である。

Mos Defの「Brown Sugar」。2002年が蘇ってきますか?

続いては,ブルックリンからマンハッタンダウンタウンの映像を細切れに集めたコラージュをミュージックビデオに昇華させたタリブ・クウェリの名曲「Get By」。“get by”とは「ありあわせのものでなんとかやっていく」という意味で,ゼータクなんてできねぇよ的なサヴァイヴァル・ミュージック。「just to get by」ってタリブがリピートしますよね?それ「なんとかやっていくだけで」っていう意味です。

そして,密かにHip-Hop史上原点回帰の楽曲「What We Do」。一つには,ワルやらなきゃ生きてけねえ時代を映し出した音楽。まさに「正しさ」とは逆のことをやって生きていた2002年。他方で,ハスリングという,ヒップホップ界で当時流行った金儲けのやり方も表現している。2002年という時代が俺らの心の中で永遠にすたれることのないように,この曲にそれらを閉じ込めてくれた,偉大なる曲。この曲を聴けば,2002年当時の精神(ワルやってた,その代わり勢いはめちゃめちゃあった生き様)に即,戻してくれる。

雰囲気は一変して,パーリーピーポー感のある映像を一つ。これも2002年。なつかしいですね。

次はブロンクスから。Fat Joe(ファット・ジョー)の登場。これも2002年。かなりなつかしいですね。

Fat Joeと同じく同郷ブロンクス出身のジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)がLL Cool Jとコラボレーションした曲。これも2002年リリース。流行りましたねえ。

ヒップホップ・ダンスに生涯を捧げているミッシー・エリオット(Missy Elliott)の「Gossip Folks」。これも2002年リリース。

続いて同じくミッシーから。「Work It」。これは当時,50セントのREMIXバージョンも世に出ました。

50セントといえば,当時ガチ流行った「In Da Club」以外に,なかなか素晴らしい曲を出しています。その一つが「21 Questions」。これは「In Da Club」の裏で流れていた曲。2002年を思い出しますね。

続きまして,ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)プロダクションのSnoop Dogg「Beautiful」。これも2002年リリース。当時私もNYに住んでいましたが,Hot97のヒップホップラジオで流れまくり。ハヤりました。ファレルは年取らないですね。いまも同じルックス。

まだまだ行けそうですが,今日はここら辺で。これくらい2002年リリース楽曲の数々を聴くと,いつでも即原点回帰が可能となります。人生に迷った時には,原点回帰することが重要。上記を聴いて,回帰してください。

最後に,2002年リリースのアルバム『The Blueprint 2: The Gift & The Curse』に収録された「All Around The World」の素人ドラムバージョンをお届けして終わりにします。

今日も当サイトにお越しいただき,ありがとうございます。過去のページも見ていってください。

(キュレーティング:Jun Nishihara)

Nasアルバム『The Lost Tapes』(2002年)より,対訳「Purple」(ヴァース1)

2002年にNYの街角でNasの『The Lost Tapes』というアルバム(当時はミックステープと呼ばれていた)を5ドルで購入し,ポータブルCDプレイヤーで聴き込んだ頃,まさかじぶんがこの曲を将来翻訳することになるとはこれっぽっちも思っていなかった。そして,そのアルバムを聴いていた当時は,日本語に訳すというマインドはまったく持たず,ありのままにNasがラップするのを聴いていた。「訳す」ということを考えず。

たとえば最近では,ラップを聴いていると,「ふむ,この部分は日本語に訳すとすればこう訳すだろう」ということを考えながら聴いている時もある。しかしそんなことは当時まったく考えずに聴いていた。

gettyimages-2289961-2048x2048
(上記写真は,2002年のMTV Music Awards(MTVミュージックアワード賞)のリハーサルにて。左からNas,Ashanti,Ja Rule。当時2002年,彼ら3人は,ヒット曲「The Pledge」という曲をリリースしていました。当時,アーヴ・ゴッティ率いるザ・マーダー・インクというレーベルが勢いつけてきており,アシャンティやジャ・ルールなどがヒット曲をリリースしていました。この楽曲「The Pledge」は2パックの楽曲「So Many Tears」をサンプリングしており,曲の終わりにかけて,2パック本人のセリフも登場します。)

さて,そのNasの偉大なるウラのアルバム『The Lost Tapes』(2002年)から,楽曲「Purple」の対訳を掲載いたします。

Nas(ナズ) – “Purple” (Verse 1) 対訳

[Verse 1]
The whole city is mine, prettiest Don
I don’t like the way P. Diddy did Shyne with different lawyers
Why it’s mentioned in my rhymes? Fuck it
It’s just an intro, hate it or love it, like it, bump it or dump it
Write it, across the stomach spell “God son”
Life is like a jungle, black, it’s like the habitat of Tarzan
Matter of fact, it’s harder than most can imagine
Most of my niggas packed in correctional facilities
Half of them passed on, MAC strong, couple of shots
Made the ghost leave a body, now they hauntin’ the block
Where they used to stand at, somebody’s takin’ they place
A younger man perhaps, hand slaps, can’t understand that
Same walk, same talk, I wonder can that be possible?
A thug dies, another step inside his shoes
And they will hurt you, layin’ low with a bottle
I’m blowin’ circles, my state of mind purple

(ヴァース1)
この街はどこまでも俺の街,イケメンの首領(ドン)
P.ディディが弁護士を数人雇い,シャイン*(註)相手に勝訴したのはイカセねえ
どうしてそんな内容のラップするかって? 理由なんてねえ
それがイントロ,好けど嫌えど,聴けど捨てれど
俺は“書いた”,肚に文字,「神の息子(ゴッド・サン)」と
人生はジャングル,真っ暗で,まるでターザンの住処
実際のとこ,ここは,おまえらが想像する以上にハードなトコ
俺の仲間のほとんどが,ムショにとっつかまえられている
その半分があの世にいっちまい,マック銃にやられ,2,3発喰らった
その霊は肉体を離脱し,いま,ゲットーをさまよい歩く
かつてハッスルしていた場所で,今となっては,別の野郎がそこにいるが
若手の野郎が,大金の取引を交わす,それが現実,俺は理解に苦しむ
似た歩き方,似た話し方,俺は思う,んなことあっていいのか?
サグは死に,ヤツの代わりに別のヤツがそこを継ぐ
そしてまた傷つけられる,ボトルを片手に身をひそめる
ケムリをふかして,円を吐く,俺の気分は「パープル」

*註釈
シャイン(Shyne):90年代後半から2000年前半にかけて活躍したラッパー。一時はそのドスの効いた声で,ザ・ノトーリアスBIG(AKAビギー)の生まれ変わりとも称された。最大のヒット曲は,ヒップホップ史上,極めて危険で,最も“ビギーを彷彿とさせる”と呼ばれた名曲“Bad Boyz”を下記掲載しておきます。

(文責及び対訳:Jun Nishihara)

おまけ:
Shyne – “Bad Boyz”

Nasは現代ヒップホップの原点である。

61760258_119021232674635_2998363044366335932_n

昨日(米国時間では本日),Nas(ナズ)が『The Lost Tapes 2』をリリースしました。

時をさかのぼり,2002年のニューヨーク。
マンハッタンの街角(ストリート)で売られていた『The Lost Tapes』のミックステープを5ドルで購入し,SONYのポータブルCDプレイヤーで以下の曲をかける。

このNasのフローとビートの流れを聴くと,いまだに当時を思い出す。

曲の冒頭で,イントロが終わるのを待たずに,ラップを開始するNasのスタイル。そしてビートに飲み込まれず,むしろ,ビートをラップ側に寄せていくというNasのフロー。

ラッパーの中には「ビートに飲み込まれたようなラップをする」ものがいる。
しかしNasのスタイルはまったくそれとは異なり,「Nasのタイミングでビートに乗っかり,Nasのタイミングでビートから降りる」という,素人のビートメーカーとしてはいつNasがラップを始めるかも,ラップを止めるかも予想がつかない。まったくの即興めいたラップをやってのけている。

もう1曲,オリジナルの『The Lost Tapes』から,この曲を掲載しておきます。

ヒップホップ界で最も偉大なるオモテのアルバムがNasの『Illmatic(イルマティック)』(1994年)であるならば,Nasのこの『The Lost Tapes』(2002年)は,最も偉大なるウラのアルバム(もしくはミックステープ)と呼ぶことができる。

そして2019年7月19日,あれから17年の時を経て,『The Lost Tapes 2』がリリースされた。

17年の時を経ているのにもかかわらず,Nasのフローがまったく衰えていないことは特筆に値することである。

そしてこんなことは言いたくないが,「これこそがNYのフロー」という懐かしい気持ちをも思い起こさせてくれるし,おまけに「これこそが現代が忘れかけているラップだ」という今の若き世代のラッパーどもの背筋を伸ばしてくれるような,いわゆる「王道のラップ」がこのアルバムに収録されている。

最近のへなちょこなラップで満足していてはいけない。

今こそ昨日リリースされたばかりのNas『The Lost Tapes 2』を聴いて,「王道のラップ」を思い出すべきだ。

ラップが来た道を思い出せないのであれば,あんたらのやってるそれは「ヒップホップ」じゃない。

(文責:Jun Nishihara)