カニエ・ウェストのビート・プロダクション・クレジット楽曲(その②)

前回のお約束どおり,1曲目はあの人,キーシャ・コール(Keyshia Cole)の登場です。この曲でキーシャは公式デビューを果たし,日本のブラック・ミュージック好きの女子にも人気を博し始めるようになります。

この頃に,いよいよ「カニエの音」というものが確立し出します。2005年リリースの楽曲ですが,カニエの初期の頃の「音」を総まとめにしたようなビート,ソウルネタも含まれ,後のカニエの音を代表することとなるローランド社の808ビートマシンのベース音も聞こえます。

2曲目は,キーシャ・コールとも仲良しであった,当時刑務所に囚われの身であったシャイン(Shyne)(当時,こいつの声に関しては,ビギー・スモールズの生まれ変われの化身とも呼ばれた)の登場です。

聴いてもらえれば解りますが,シャインのこの曲はドラムマシンのハイハットをふんだんに使用しております。カニエ・ウェストがハイハットをここまでヘヴィに使用するのは当時のティンバランド(Timbaland)の影響をかなり受けていたことが解ります。実際,2007年にシングル曲「Stronger」をリリースした頃,カニエはあるインタヴューでティンバランドを一人の師と呼んでいます。

3曲目は,チャイニーズ・ラッパーとして2000年,Friday Freestyle on BETで黒人ラッパーを次から次へと負かしていったジン(Jin)の登場です。

4曲目は,3曲目のJin – “I Got A Love”の冒頭ビートの始まり方にそっくりな曲です。嵐の舌を持つラッパー=トゥイスタ(Twista)はカニエと同じ同郷シカゴ出身。“Overnight Celebrity”です。

5曲目は,カニエ・ウェストにしか作れない!という楽曲を紹介して本日終わりにします。スラム・ヴィレッジ(Slum Village)の「Selfish」です。ここら辺で,ソウルネタはソウルネタで同じにしても,ジャスト・ブレイズがソウルネタを回す音とはやっぱり違うなぁというのが解ってきます。ジャスト・ブレイズにしか出せない「ジャスト・ブレイズの味」というのがもちろんあって,そして当曲は「カニエの味」そのものが出ている。これ,もう16年前,2004年です。

(文責&キュレーション:Jun Nishihara)

カニエ・ウェストのビート・プロダクション・クレジット楽曲(その①)

カニエ・ウェストが90年代後期から2000年代前半にかけて,カニエが自身以外のアーティストに提供したビート・プロダクションとして,以下の楽曲を紹介いたします。

前回,ソウル・ネタ回しにおいてはカニエと双璧を成すジャスト・ブレイズ(JUST BLAZE)のプロダクション曲をご紹介いたしました。

本日はジャスト・ブレイズに一聴そっくりなビートのようにも聞こえるカニエ・ウェストのビート5曲を以下のとおり掲載いたします。

まずは,アリシア・キーズ(Alicia Keys)の2003年リリース,キャリア2枚目のアルバム『The Diary of Alicia Keys』よりシングル曲「You Don’t Know My Name」です。

いやぁ,なつかしい!!この頃,カニエ・ウェストはジェイZに認められて当時のロッカフェラ・レコーズ(Roc-a-fella Records)に入団して間も無い頃でした。カニエ・ウェストの名前が当時はまだ「ビート・プロデューサー」としてのみですが,少しずつ徐々に,メインストリームに受け入れられ始めていた頃です。以下ミュージックビデオに出演するモス・デフ(Mos Def)名前改めヤシン・ベイ(Yasiin Bey)は勿論カニエの盟友です。

2曲目は,少し時空を遡って,ジャーメイン・デュプリ(Jermaine Dupri)の1998年リリースアルバム『Life in 1472』より楽曲「Turn It Out」です。

3曲目は西アジアの雰囲気さえも彷彿とさせるビートネタ起用。モス・デフやコモンたちと同じくカニエの盟友=タリブ・クウェリ(Talib Kweli)の名曲「Get By」です。ちなみに西アジアというのはアフガニスタンからエジプトまで,中東を含めたアラブ諸国エリアを指します。

4曲目はハーレム・ワールド(Harlem World)というハーレム出身のラッパーで組まれたラップグループ(メンバーはMa$eやルーン等)が1998年にリリースした『The Movement』より,楽曲「100 Shiety’s」です。ディープな曲でしょう?知ってました,こんな曲が存在していたこと。

5曲目から,だんだんとカニエ“らしく”なっていきます。これはモニカ(Monica)の2003年の楽曲「Knock Knock」です。ミッシー・エリオットをfeat.し,当時R&B界の土壌に脈々と流れていた2000年代前半メロディを代表するかのようなビートです。

次回は,引き続き「その②」を紹介いたしますが,1曲目には,あの人が出てきます。日本の女子ブラック・ミュージック・リスナーにも当時人気を博していたキーシャ・コール(Keyshia Cole)のデビュー曲から始めます。

(文責及びキュレーション:Jun Nishihara)

JAY ELECTRONICAのアルバム『A Written Testimony』楽曲⑥「Universal Soldier」(独断偏見ライナーノーツ)

戦争を忘れるな。とりわけ,第二次世界大戦を忘れるな,と「アメリカの白人に虐げられてきた黒人が」日本人である我々に警告してくれている楽曲と解釈が可能である。「白人に」あの惨事を二度と繰り返させてはならないのだ,と。

曲の冒頭で,第二次世界大戦中に広島に原爆を落下させた3名の白人の名前が挙がります。

これが何をもたらしたか。

それは映画『火垂るの墓』に描かれております。

ここで,第二次世界大戦中に日本人が経た悲痛と,500年続いた黒人奴隷制度の苦悩が一瞬交差します。

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そしてジェイ・エレクトロニカは2回「ビスミッラー」と唱え,イスラームの経典から祈りの言葉を発します。「アウードゥ・ビラーヒ・ミン・アル・シャイターン・イル・ラジーム(アッラーに救いを求め,悪魔から身を守ろうではないか)」。

そして3回目の「ビスミッラー」が唱えられ,最後に「アッラーのみが神であり,ムハンマドはアッラーの使者である」と述べられます。

これは,冒頭の悍しい報道に対する御祓の詞(ことば)の役割も果たしております。

この曲はジェイ・エレクトロニカ自身によって制作されました。曲のビートも本人が最初から作り,第2ヴァースにジェイZを迎えます。

ジェイ・エレクトロニカはこうラップします。

The son of slaves, true, I started out as a peasant
That’s why I build my temple like Solomon in the desert

奴隷の息子として生まれ,庶民として育った
だから砂漠にソロモン宮殿を建ててやろうと思った

前回も取り上げましたが,ジェイ・エレクトロニカの歌詞には頻繁に対比(comparison)が多く起用されております。ここでも奴隷(slaves)や庶民・百姓(peasant)とソロモン宮殿を対比させています。

ジェイは続けます。

My mathematical theology of rhymin’ a touch the soul
I spent many nights bent off Woodford
Clutchin’ the bowl, stuffin’ my nose
Some of the cons, I suffered for prose
My poetry’s livin’ like the God that I fall back on

考え抜かれた俺の「神学ライム」は人々の魂を動かす
ウッドフォード通りで俺は,打ちひしがれる日を幾夜も経てきた
お椀を握りしめ,鼻を詰まらせて
まわりから反対された,散文に苦しんだ
俺の詞(うた)は,いざという時頼りになる神さんのようだ

そして第2ヴァースでジェイZはニーチェの言葉を引用します。

What don’t kill us make us stronger, that’s Nietzsche on me

ニーチェがこう言ってた,「どれだけ苦しくとも,それによって死なない限り,それは俺を強くしてくれるばかりだ」と。

ジェイは最後にこう言います。

We was in your cotton fields, now we sittin’ on Bs, on me

昔,あんたの綿農場(コットンフィールド)で働いていた奴隷野郎が
今は数十億ドルの家に住んでいる,それ俺な
(※註:B’s=Billions)

日本人はどうしてここまで黒人のメンタリティーに共感するところがあるのだろうか,と,長い間考えてきました。そのひとつの答えが,この曲で見つかったように感じました。

(文責:Jun Nishihara)

JAY ELECTRONICAのアルバム『A Written Testimony』楽曲④「The Neverending Story」(独断偏見ライナーノーツ)

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タイトルは「The Neverending Story」(終わりのない物語)です。

ヴァース1のジェイ・エレクトロニカ(Jay Electronica)の歌詞にこういうラインが出てきます。

What a time we livin’ in, just like the scripture says
Earthquakes, fires, and plagues, the resurrection of the dead

なんて時代に我らは生きているんだ,経典に書いていたとおりだ
地震,火事,そして疫病の繰り返し,死者がよみがえった

つまり,こういった出来事が繰り返される合間に,我らは生きている,ということをこの歌詞では言っているわけですが,現在の新型コロナウイルス(COVID-19)にしても同様です。

ジェイ・エレクの歌詞には,対比(comparison)が多く起用されています。

You could catch me bummy as fuck or decked out in designer
On I-10 West to the desert, on a Diavel like a recliner
Listen to everything from a lecture
From the honorable minister Louis Farrakhan
To Serge Gainsbourg or Madonna or a podcast on piranhas

ホームレスのような「なり」する時もあれば,デザイナーブランドの洋服に身をまとう時もある
10号線(南部を串刺しに通過する州間高速道路)に乗って,西の砂漠まで走ることもあれば
 ドゥカティ・ディアベルのバイクに乗って,背をもたれかけ,突っ走ることもある
黒人イスラム指導者であるルイス・ファラカーンの講話を聴くこともあれば
セルジュ・ゲンスブールの語りや,マドンナから,ピラニアに関するポッドキャストまで
なんだって俺は聴くんだぜ

この曲で特筆すべきことは,The Alchemist(ザ・アルケミスト)がプロデューサーとして関わっていることです。The Alchemistといえば,以下に挙げられないくらいのヒップホップ・アーティストと関わり,数多くの名曲を制作してきました。

・Fat Joe率いるTerror Squadの数々のアルバム
・クイーンズ区出身のMobb Deepのアルバム
・Royce Da 5’9のアルバム
・Tony Touchのアルバム
・2001年,Big Punの死後にリリースされたアルバム
・ジェイダキス
・ゴーストフェイス・キラー
・スタイルズ・P
・NAS
・リンキン・パーク
・50セント
・サイゴン
・State Property(!)
・パプース
・ネリー
・エミネム
・ファボラス
・Westside Gunn(!)
・キャムロン
・・・などなどなど。リストはまさに,Neverending(尽きません)。

こういったヒップホップの裏側で活躍している大物人物たちに楽曲を提供してきた歴史があるThe Alchemistのビートに,この度,表(オモテ)の人間であるジェイZ(JAY-Z)が乗った,というのは,とても興味深いことであり,どういう作品ができあがったのか,この機会をとらえて,ぜひ聴いてみてください。

ちなみに,アルケミストがプロデュースしたこの曲にもサンプリング・ネタがあります。アルゼンチン生まれのシンガー・ソングライターであるリト・ネビア(Litto Nebbia)の「La Caida」という1976年にリリースされた曲です。

(対訳及び文責:Jun Nishihara)