JAY ELECTRONICAのデビュー公式アルバム『A Written Testimony』ようやくリリース!(独断偏見ライナーノーツ)

音楽がまるでインスタント麺のように消費されている現代において,ここまで手間ひまかけて,時間をかけて作り上げられたアルバムは今,現代,とくに現代の音楽界において,とてもめずらしい。そしてこういったアルバムは,時間をかけて繰り返し聴き込まれるこことなるであろう。

2020年3月13日に全米リリースされたアルバム『A Written Testimony』(ジェイ・エレクロトニカ)のミニ・レビューを下記にて記しておきたいと思う。

まず1曲目,アルバムの冒頭からとても難しいスピーチが出てくる。これはルイス・ファラカーン師によるものであるが,ネーション・オブ・イスラームについては,前回当サイトでも3回に亘って取り上げたが,このアルバムに流れる一つの旋律である。

スピーチの冒頭いきなり,ルイス・ファラカーンはこう言う。

I don’t wanna waste any time
I ask the question, “Who are the real Children of Israel?”
And I’d like to answer it right away

(訳)
時間を無駄にしたくない
早速質問だ「イスラエルの真の子は誰か?」
その質問のこたえを今すぐ伝えておこう

確かに,時間は無い。これがヒップホップアルバムである限り,時間は無駄にできない。
だからこの一文はこれから聴いていくアルバムのテンポの良さを象徴させるセンテンスと言える。

さて,そのこたえはこうだ。

The honorable Elijah Muhammad has said that almighty God Allah revealed to him
That the black people of America are the real Children of Israel
And they, we, are the choice of God
And that unto us, he will deliver his promise

(訳)
イライジャ・ムハンマド師は,全能の神であるアッラーからお告げを聞いたという
「米国の黒人こそがイスラエルの真の子である」と
そして彼ら,我らが神に選ばれし者であると
そして我らに,約束された地が齎されるのだと

ここで思い出さなければならないのは,ジェイ・エレクトロニカ(JAY ELECTRONICA)はアメリカの深南部(deep south)であるニューオーリンズ出身であるということ(ニューヨークじゃないよ!)。1940年代,1950年代,つまり,ジェイ・エレクトロニカの祖父母は奴隷制度のまっただ中を生きたということ。アメリカの(北部ではなく,中西部でもなく)深南部に住む黒人が,最も酷い扱いを受けてきた奴隷であったということを思い出してほしい。それについては当サイトでも何度も取り上げてきた。その奴隷という過去を持つ,アメリカ南部の黒人にとって,「なぜ生きているのか」「生きる価値はあるのか」「死んだ方がマシだ」と自問自答してでも生きていかざるを得なかったあの世界で,イライジャ・ムハンマドが創設したネーション・オブ・イスラーム教団は,当時の虐げられた南部黒人にとって,唯一の救いであった,ということ。「我らが神に選ばれしものである」とか「我らに約束された地が齎される」のだとか,そういう傲慢でずうずうしいセリフをよく言えたもんだな,と勘違いされては困る。時代の背景が違いすぎる。現代の生温い平和ボケした我々が(おそらく)生きてきたであろう生活背景と違いすぎる。肌の色も違えば,人種も違う。当時の黒人が生きるために,これが唯一,すがれるものであった。

そういう南部の黒人の間で「共有された記憶(collective memory)」というものが,この曲で,一気にダムの箍(たが)が外れたように溢れ出す。そしてあのおぞましい奴隷の過去を想起させられたところで,我々は,次の2曲目を聴くことになる。

2曲目のレビューについては,次回に。

(文責:Jun Nishihara)

ヒップホップ音楽とイスラム教の関係 (アルバム『Ye』のリリースから今年6月1日で1年を経たいま振り返る(その①))

本年6月1日で,カニエ・ウェストのアルバム『Ye』リリースから1年が経ちました。昨年のちょうど今頃,暑い夏が始まろうとしていた頃でした,同アルバムを当サイトで翻訳・対訳を掲載させていただき,いろいろな方々に読んで頂きました。当サイトにお越しいただき,読んでいただき,ありがとうございました。そして今日もここに来ていただき,ありがとうございます。

リリースから1年後の今,アルバム『Ye』を振り返って,カニエがアルバム冒頭の楽曲「I Thought About Killing You」でラップしている歌詞の一部について,注目しておきたいと思います。

カニエはこういう歌詞で曲を始めております。

[Verse: Kanye West]
I called up my loved ones, I called up my cousins
I called up the Muslims, said I’m ’bout to go dumb
Get so bright, it’s no sun, get so loud, I hear none
Screamed so loud, got no lungs, hurt so bad, I go numb
Time to bring in the drums, that prrt-pu-pu-pum
Set the NewTone on ’em, set the nuke off on ’em
I need coke with no rum, I taste coke on her tongue
I don’t joke with no one, they’ll say he die so young
I done had a bad case of too many bad days
Got too many bad traits, used the floor for ashtrays
I don’t do shit halfway, I’ma clear the cache

(ヴァース:カニエ・ウェスト)
愛する人たちに,親戚兄弟に,ムスリムの仲間たちに
電話してこう伝えた,「ついに俺,暴れちゃいそう」
まぶしくなって,太陽は沈んだ,爆音で,音は消えた
悲鳴をあげた,声は出ない,傷ついた,感覚は麻痺した
叩いて響かせろ,太鼓の音を,ダ・ダ・ダ・ダン・ダン
オートチューンを効かせて,ピッチを爆発させろ
ラム無しのコーラ,彼女の舌にコカの味
ふざけてんじゃない,よく言われるよ,「早死にするよ」って
ツイてない日が連続で起こったケースが俺
悪い癖がありすぎて,床を灰皿代わりにしたりして
中途半端なことはしたくない,すべて真っさらにしてやりたい
(対訳:Jun Nishihara)

曲の冒頭でカニエは「I called up my loved ones / I called up my cousins / I called up the Muslims(俺は愛する人たち,親戚兄弟,そしてムスリムの仲間たちに電話してこう伝えた)」と言っております。

ムスリムとはイスラム教の教えを信仰する教徒の人々のことですが,カニエ・ウェストにとって,そしてヒップホップ,はたまた黒人の歴史にとって,イスラム教は切っても切れない一つの宗教といいますか思想でした。アメリカに住む黒人が信仰するイスラム教は一般的にブラック・イスラーム(Black Islam)と呼ばれているものですが,どういう宗派があって,ヒップホップ・アーティストでは誰がそのイスラム教徒で,どういう教えで,なぜ彼らはイスラム教徒に改宗したのか,というのを簡単にひもといていきたいと思います。

カニエ・ウェストの周辺では,カニエと同郷出身でむかしからともに活動してきたラッパーのモス・デフ(Mos Def)がカニエに一番近いムスリム(イスラム教徒)といえるでしょう。

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(上記写真はモス・デフです。)

モス・デフは2011年9月に自身の名前を法的に「Yasiin Bey(ヤシーン・ベイ)」に改名し,2016年1月19日,カニエ・ウェストのホームページでヒップホップ業界からの引退宣言をしました。モス・デフ改めヤシーン・ベイは,母親シェロン・スミスと父親アブドゥル・ラフマーンの子です。父親アブドゥル・ラフマーンはネーション・オヴ・イスラーム(Nation of Islam(略してNOI))の信者で,ワリス・ディーン・ムハンマドというスンニ派(イスラム教徒の宗派)に信徒として仕えました。モス・デフは20代の頃,ア・トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest)という偉大なるヒップホップ・グループのメンバーでありイスラム教徒であるアリ・シャヒード・ムハンマドやQティップ(Q-Tip)とよくつるんでいました。

また,カニエと同郷シカゴ出身ですが,カニエよりも若い世代のルーペ・フィアスコ(Lupe Fiasco)もムスリムです。

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(上記写真はルーペ・フィアスコです。)

ジェイZのレーベル=ロック・ネーション(Roc Nation)に所属しているヒップホップ・アーティスト=ジェイ・エレクトロニカ(Jay Electronica)も熱心なイスラム教徒です。彼の歌詞には,「神の平和を」を意味するムスリム同士の挨拶言葉「As-salāmu ʿalaykum(السَّلَامُ عَلَيْكُمْ)」がよく使われております。以下は,ジェイ・エレクトロニカの名曲「Exhibit C」ですが,以下YouTubeのタイムライン3:11~3:17の箇所で,アラビア語らしきイスラームの祈りの言葉が発せられております。

上記曲「Exhibit C」のプロデューサーはかの有名なジャスト・ブレイズです。ジェイZの名盤『The Blueprint』(2011年9月11日(9.11の日)にリリース)でカニエ・ウェストと双璧をなしたベテラン・プロデューサーです。ビヨンセのアルバム『レモネード(Lemonade)』に収録されているケンドリック・ラマーをfeat.した楽曲「Freedom」も,ジャスト・ブレイズがプロデューサーを務めております。

さて,話を戻しますと,このようにヒップホップ界にはイスラム教徒はめずらしくなく,他にも以下のとおり結構な数でイスラム教徒と呼ばれるヒップホップアーティストはいます。一部を挙げますと,T-ペイン,DJキャレド,バスタ・ライムス,SZA(最近ポップ界でも人気の女性歌手),スウィズ・ビーツ,MCレン,ケヴィン・ゲイツ,アイス・キューブ,フレンチ・モンタナ,フリーウェイ,ビッグ・ダディ・ケイン,ビーニー・シーゲル,エイコン,スカーフェイス,シェック・ウェス,ニプシー・ハッスルです。彼らの多くは,モス・デフの父親と同じく,ネーション・オヴ・イスラーム(NOI)を中心に信仰しているようですが,各アーティストによっては,どれくらい信仰しているかについての程度の差はあると思います。

ブラック・イスラームにおけるネーション・オヴ・イスラームという宗派は,どういった教えなのでしょうか。大きくわけて3つのことがいえるそうです。

1.伝統的イスラームの教えと同じくイスラム教の五行は基本的に信じているが(例えば「ラマダンの月には断食を行う」(夕刻のイフタールまでご飯を食べないし,水も飲まない。しかし最近は,パキスタンやアフガニスタン,イラクなど,酷暑の夏には水分を取らないのは危険なため,水だけは許されている国もあるそうです。)など)しかし,解釈の面で伝統的イスラームと相違している部分もある。

2.堕落した人生を送っている黒人を救うとする。(街角や監獄で,未来への希望も夢もなく時を過ごしている黒人たちや,麻薬,白人女性に対するレイプ,家庭崩壊などといったような(黒人として)誇るべき生き方でない道を歩んでいる者を救うとする。)

3.イライジャ・ムハンマドを使徒とする。(2019年時点の指導者はルイス・ファラカーンであるが,指導者は時代によって変われど,使徒(Messenger)であるイライジャ・ムハンマドは変わらない(注:NOIが解体しない限り。))ちなみに,預言者(Prophet)は伝統的イスラームもNOIも,ムハンマドであると信じる。

さて,こうしたネーション・オヴ・イスラームという黒人を対象とした特有のイスラム教のひとつの思想に,ブラック・ムスリムであるモス・デフやルーペ・フィアスコ,ジェイ・エレクトロニカは,どういうところに魅了されたのでしょか。

この続きは,後日,ひもといて参ります。

(文責:Jun Nishihara)