Hip-Hopの一つの回帰場所:2002年リリースの楽曲。

シカゴ出身のカニエ・ウェストによるプロダクション,ブルックリン出身のJAY-Zによるリード,フィラデルフィア出身のビーニー・シーゲルによるフィーチャリング,そして場所は深南部(Deep South)に飛んで,ヒューストン出身のスカーフェイス。ヒップホップ史なかなか多種性(diversity)に富んだラップ曲。こんな素晴らしい曲が2002年にリリースされていた,ことを憶えておいてほしいです。

電話の保留音(以下)が当時のNYイチカッケーラップになるとは誰も思っていなかった。

ベートーヴェン「エリーゼのために」をフリップしたNASの「I Can」である。

Mos Defの「Brown Sugar」。2002年が蘇ってきますか?

続いては,ブルックリンからマンハッタンダウンタウンの映像を細切れに集めたコラージュをミュージックビデオに昇華させたタリブ・クウェリの名曲「Get By」。“get by”とは「ありあわせのものでなんとかやっていく」という意味で,ゼータクなんてできねぇよ的なサヴァイヴァル・ミュージック。「just to get by」ってタリブがリピートしますよね?それ「なんとかやっていくだけで」っていう意味です。

そして,密かにHip-Hop史上原点回帰の楽曲「What We Do」。一つには,ワルやらなきゃ生きてけねえ時代を映し出した音楽。まさに「正しさ」とは逆のことをやって生きていた2002年。他方で,ハスリングという,ヒップホップ界で当時流行った金儲けのやり方も表現している。2002年という時代が俺らの心の中で永遠にすたれることのないように,この曲にそれらを閉じ込めてくれた,偉大なる曲。この曲を聴けば,2002年当時の精神(ワルやってた,その代わり勢いはめちゃめちゃあった生き様)に即,戻してくれる。

雰囲気は一変して,パーリーピーポー感のある映像を一つ。これも2002年。なつかしいですね。

次はブロンクスから。Fat Joe(ファット・ジョー)の登場。これも2002年。かなりなつかしいですね。

Fat Joeと同じく同郷ブロンクス出身のジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)がLL Cool Jとコラボレーションした曲。これも2002年リリース。流行りましたねえ。

ヒップホップ・ダンスに生涯を捧げているミッシー・エリオット(Missy Elliott)の「Gossip Folks」。これも2002年リリース。

続いて同じくミッシーから。「Work It」。これは当時,50セントのREMIXバージョンも世に出ました。

50セントといえば,当時ガチ流行った「In Da Club」以外に,なかなか素晴らしい曲を出しています。その一つが「21 Questions」。これは「In Da Club」の裏で流れていた曲。2002年を思い出しますね。

続きまして,ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)プロダクションのSnoop Dogg「Beautiful」。これも2002年リリース。当時私もNYに住んでいましたが,Hot97のヒップホップラジオで流れまくり。ハヤりました。ファレルは年取らないですね。いまも同じルックス。

まだまだ行けそうですが,今日はここら辺で。これくらい2002年リリース楽曲の数々を聴くと,いつでも即原点回帰が可能となります。人生に迷った時には,原点回帰することが重要。上記を聴いて,回帰してください。

最後に,2002年リリースのアルバム『The Blueprint 2: The Gift & The Curse』に収録された「All Around The World」の素人ドラムバージョンをお届けして終わりにします。

今日も当サイトにお越しいただき,ありがとうございます。過去のページも見ていってください。

(キュレーティング:Jun Nishihara)

第5位:Hip-Hop界の女子代表=Missy ElliottのMTV授賞式及びライヴパフォーマンス模様(2019年Hip-Hop名曲名場面ベスト50)

ヒップホップが1970年に誕生して以来,これほどまでに女子ラッパーが活躍した年代は無かった。その2019年のMTV授賞式において,ミッシー・エリオット(Missy Elliott)がビデオ・ミュージック・アワード賞で称えられるという出来事は,2019年の象徴的なニュースといえるでしょう。

ミッシー・エリオット(Missy Elliott)は,diversity(多種多様性)という言葉が叫ばれる現代において,多種多様なセクシュアリティ,多種多様な体型,多種多様な人種を認める,という意味における先駆者です。今でこそ,あらゆる場面で「多種多様性」とかって叫ばれておりますが,ミッシーはそれを90年代後半において,すでに始めていた。

ミッシーの90年代後半のMV「The Rain (Supa Dupa Fly)」はその象徴的なビデオです。当時,ヒップホップ界で,ミッシーのような体型で踊ってラップし,カッコよくスワッグをキメていた,というのは非常に稀でした。それを観たアメリカ中の体型にコンプレックスを持つ黒人女子たちは,「私たちも,やっていいんだ」と思えた。じぶんたちを認めさせてくれた。しかし,実際にやろうと思うと,これがむつかしい。とは言え,希望を与えてくれたことは間違いなかった。

ミッシー・エリオットの偉大さについては,こちらをご参照下さい。

2001年にリリースされたミッシーの「Get Ur Freak On」は,衝撃的なMVでした。当時こんなにフリーキーなビデオはどこにもなかった。超カッコ良かったし,ラップも真似たし,ダンスも真似ようとした。男も女も関係なく。まさにジェンダー・フリー。

そして出た「One Minute Man」のリュダクリスとのリミックス。ジェイZとのリミックスヴァージョンも登場し,めちゃめちゃ惚れた。

それからしばらく後の2004年,「I’m Really Hot」というシングル曲がリリースされ,ミュージックビデオも出ました。当時はNYでインターネットがまだ光回線になっていなかった頃,画質の悪い動画で観たのを憶えておりますが,同ビデオの途中,タイムライン2:50の箇所でビートが一変し,ラップ及びダンスのスタイルがスウィッチアップするところがめちゃカッコ良いと感じました。当時は同じ曲でのビートのスウィッチアップもとても珍しかった。

そして時は経て2005年,ミッシーの「Meltdown」をアルバム『The Cookbook』で聴いたときは,感動しましたねえ。なんて素敵な曲なんだと。いままでハードなラップで,ダンサブルなチューンでやってきたミッシーがこういったアンビアンスなビートでもラップするんだ〜ってね。さらにミッシーのことが好きになりました。

さてその好きな曲「Meltdown」を入れときます。この曲は,あたいにとってスペシャルな曲ですよ。

Missy Elliott – “Meltdown”

ミッシーについては,話し出すと話が終わらないですので,本日はここら辺で切り上げときます。ほな,また。

(文責:Jun Nishihara)

第10位:リゾ(Lizzo)の歌,踊り,そしてフルート演奏。全体的なパーフォマンスの完成度の高さ。(2019年Hip-Hop名曲名場面ベスト50)

リゾ(Lizzo)については,もう当サイトで何も新しく述べることは無いでしょう。ヒップホップのサイトなのに,なぜ彼女をわざわざ取り上げるのか,と。まぁそう思っている方もいらっしゃるかもしれませんが,今年2019年,リゾのスターへの道のりについては,めざましい成果であったと云えますし,もはや偉業と呼べるほどのことを成し遂げてきているので,取り上げざるを得なかったところです。

今年2019年はアルバム『Cuz I Love You』(米ビルボードが選ぶ2019年最も重要なアルバム第4位を記録)をリリースしました。

以下MVを掲載しておきます。

シングル曲「Good As Hell」についてはオリジナル・リリースは2016年ですが,今年2019年にはアリアナ・グランデ(Ariana Grande)とのREMIX盤をリリースし,またMVも一般のシロウトを起用した,素敵なミュージックビデオに仕上がっております。

Lizzo – Good As Hell(2016年リリースのオリジナル盤)

Lizzo – Good As Hell(アリアナ・グランデとのREMIX盤)

Lizzo – Good As Hell(オリジナル曲の2019年盤:ミュージックビデオは2019年12月9日リリースの新作)

Lizzo – 米「Ellen」番組でのシングル曲「Juice」ライヴ・パフォーマンス

Lizzo – 英「The Jonathan Ross Show」番組で相棒フルート=名前はサーシャ(フルートの名前がSasha!)を吹くリゾ。

Lizzo – 2019年のMTVビデオ・ミュージック・アワード賞でライヴステージを披露するリゾ。演目は「Truth Hurts」と「Good As Hell」。

Lizzo feat. Missy Elliott – “Tempo”

そして米TIME誌が選ぶ2019年最も輝いたエンターテイナー(TIME’s Entertainer of the Year)にも選ばれました。

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(文責:Jun Nishihara)

第50位:ダンサーAlyson Stoner,ミッシーとMTV授賞式で再会果たす。(今年出たHip-Hop名曲・名場面ベスト50)

米MTVが主催するミュージックビデオの祭典=MTV Video Music Awards賞で,ミッシー・エリオットのステージで17年ぶりにミッシーと再会を果たしたAlyson Stoner(アリソン・ストーナー)が一躍有名となりました。

前回当サイトでも彼女を取り上げましたが,アリソン・ストーナーは,ミッシー・エリオットの2002年ミュージックビデオ「Work It」で共演しております。当時アリソンはわずか9歳。
※下記映像タイムライン4:12から映る白人の女の子です。

そして17年ぶりにミッシー・エリオットと共演したのが以下映像タイムライン1:07の箇所です。

そしてアリソン・ストーナーのインスタグラムから以下掲載です。

なお,米エレンショー(The Ellen Show)でも17年前に出演しております。

17年の時を経ても,ミッシー・エリオットのこの曲「Work It」はほんの僅かも古びていないというのはまさに快挙です。

(文責:Jun Nishihara)

2019年MTVビデオ・ミュージック賞(とりわけミッシー・エリオットの偉大さについて)

2019年8月26日(日)に開催された米MTVのVideo Music Awardsより,ハイライトをいくつかピックアップして,以下に掲載しておきます。5年後これを見返して,懐かしい感情を抱けますように。

Taylor Swift
まずは,テイラー・スウィフトです。2曲めに披露するバラード曲を演奏して,ここまで声援が挙がる人は,現ポップス界では他にいらっしゃらないですね。誰もがヒップホップやEDM系の曲を制作している中,ある意味,時代とは逆方向に進むともいえるテイラー・スウィフトのこの曲「Lover」は,人間がもつ心の普遍的な琴線に触れる名曲だと云えるでしょう。

Missy Elliott
やってきました。ミッシー・エリオットです。今夜最高のステージはミッシーが奪い去ったといえるでしょう。2曲めの「The Rain (Supa Dupa Fly)」は1997年リリースの曲ですけれど,一片足りとも古びていない!また,MTV VMAs終了後の数日間(いや,今も?)ツイッターやインスタグラムで騒がれ続けたこの人(↓)(=Alyson Stoner)は,ミッシーが2002年にシングル曲「Work It」をリリースした際,ミュージックビデオで踊っていたあの女の子です。当時この子はわずか9歳。17年ぶりに,ミッシー・エリオットと同曲で共演を果たしたというのは,なんとも感慨深いことです。
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なお,「Get Ur Freak On」「Pass That Dutch」等,名曲が続きます。

Queen Latifah
クイーン・ラティファのお出ましは以下映像の4:34からです。先出のミッシー・エリオットに続き,クイーン・ラティファの今年のMTV VMAsへの登場は今年特に顕著な女性ラッパー世代を象徴しているように思われます。

Lizzo
現代ぽっちゃり女子代表。あらゆるサイズ,人種,カラー,エスニシティ,セクシュアリティの代弁者として,なかなかおもしろいポジションにいる人だと思います。

Megan Thee Stallion
まずは,年齢に驚き。メガンは1995年生まれなので,まだ24歳。24歳でこのラップ力は凄まじいですね。ようやくMTVにまで出られるようになった。とても嬉しいですが,今までのアングラ力の勢いを失わないようにいってほしいというのが,ファンである我々の思いです。けっしてポップ界に流されないように!!

Missy Elliott’s Acceptance Speech of “Michael Jackson Music Video Vanguard Award”
最後にミッシー・エリオットが女性初「マイケル・ジャクソン・ビデオ・ヴァンガード賞」を受賞した際のスピーチで締めくくります。20年以上もミッシーは「ヒップホップダンス界」の大御所としてその才能及び貢献を音楽界のために尽くしてきました。それがようやくここで大いなる賞の贈呈とともに一つの実を結んだといえます。ミッシー・エリオットが本スピーチの中で,感謝している人リストに連なる人物を聞くだけで,どれだけミッシーは謙虚な人であるかということが伺い知ることができます。最後にミッシーが感謝する人(たち)を挙げたところで,ステージも湧き上がります。それではじっくり聴いてみてください。

今日も,当サイトに来てくれてありがとうございます。
ミッシー・エリオットが90年代後半に,MTVで踊っていた映像を見ていた頃を思い出します。世代はだんだんと変わっていっているといいますが,ミッシー・エリオットのような偉大なる人をリアル・タイムで当時TVで観られていたことは幸せですし,どれだけ世代が変わったとしても,こんなありがたいことはない,と思っております。

(文責:Jun Nishihara)

永久保存版:米・女子ラッパーを網羅②:写真&代表作 (ニッキー・ミナージュ(2004)以前)

前回はニッキー・ミナージュ登場以前からすでに活躍していた女子ラッパーについて包括的にご紹介いたしました。つまり2004年以前にすでにヒップホップ最前線で活躍していた女子ラッパーたちです。

本日はその彼女たちの写真にあわせてもっとも最初に聴くべき代表作品とともにご紹介していきます。

1. Roxanne Shante (1984)(ロクサン・シャンティ)
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代表作:『Bad Sister』
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2. Salt-N-Pepa (1986)(ソルト・アン・ペッパー)
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代表作:『Very Necessary』
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3. MY Lyte (1988)(MCライト)
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(↑真ん中がMC Lyteです。)

代表作:『Act Like You Know』
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4. Queen Latifah (1989)(クイーン・ラティファ)
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(左=Mary J. Blige, 右=Queen Latifah)

代表作:『Black Reign』
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5. Mary J. Blige (1989)(メアリー・J.ブライジ)
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代表作:『What’s the 411』
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6. Missy Elliott (1989)(ミッシー・エリオット)
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代表作:『Under Construction』(下記ジャケ写真)もしくは『Miss E… So Addictive』
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7. Monie Love (1990)(モニー・ラヴ)
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代表作:『Down to Earth』
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8. Da Brat (1992)(ダ・ブラット)
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代表作:『Funkdefied』
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9. Rah Digga (1993)(ラー・ディガ)
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(左=Lil’ Kim,右=Rah Digga)

代表作:『Dirty Harriet』
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10. Lauryn Hill (as The Fugees) (1994)(ローリン・ヒル)
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代表作:『The Miseducation of Lauryn Hill』
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11. Lil’ Kim (1994)(リル・キム)
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(左=Lil’ Kim, 右=Eve)

代表作:『Hard Core』
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12. Erykah Badu (1994)(エリカ・バドゥ)
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代表作:『Baduism』
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13. Amil (1994) (アミル)
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(左から,Memphis Bleek, Amil, Jay-Z, Beanie Sigel)

代表作:『All Money Is Legal』
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14. Charli Baltimore (1995)(チャーリ・バルティモア)
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(左=Charli Baltimore, 右=Ashanti)

代表作:『Cold As Ice』
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15. Foxy Brown (1995)(フォクシー・ブラウン)
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(左=Nicki Minaj, 右=Foxy Brown)

代表作:『Broken Silence』(楽曲3,4はアツ過ぎ!“B.K. the Home of Biggie and Jay!”)
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16. Ms. Jade (1995)(ミズ・ジェイド)
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代表作:『Girl Interrupted』(楽曲3はティンバランド制作ビートに似合いすぎ,楽曲10はジェイとの共演作(ヒップホップのクラシック!)。)
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17. Bahamadia (1996)(バハマディア)
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代表作:『Kollage』(↓アルバムジャケの裏面)
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18. Shawnna (1996)(ショーナ)
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(Shawnna, Ludacrisとのツーショット)

代表作:『Block Music』
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19. Eve (1996)(イヴ)
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代表作:『Scorpion』(楽曲9はDa BratおよびTrinaとの女子ラッパー3名の共演作。)
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20. Trina (1998)(トリーナ)
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(同郷マイアミ出身=Rick Rossとのツーショット)

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(元カレ=Lil Wayneと)

代表作:『Who’s Bad』(トリーナのラップ範疇の広さを物語るのは,楽曲16のようなエロい曲から,楽曲4のようなフリースタイルまで,あらゆる内容についてスピットできることです。)
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新曲:「F*** Boy」

21. Vita (1998)(ヴィータ)
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(左から,Vita, Ja Rule, Ashanti)

代表作:『Pre-Cumm』
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22. Remy Ma (2000)(レミー・マ)
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(ダンナのPapooseと)

代表作:『there’s something about remy』
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(文責:Jun Nishihara)

永久保存版:米・女子ラッパーを網羅① (ニッキー・ミナージュ(2004)以前)

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(写真は2018年2月15日,ハーレムのネイルサロン(Junie Bee Nails)のオープニングセレモニーで。左はTeyana Taylor,右はMissy Elliott。)

本年2019年,ヒップホップ界で何が最大の出来事だったかといいますと,ヒップホップ史上最高の度合いで女子ラッパーたちが活躍したという事実でしょう。今年は物凄い勢いで女子ラッパー陣が活躍いたしました。

現代ヒップホップには欠かせないシティ・ガールズ(City Girls)やカーディB(Cardi B)といったラッパーたちもさることながら,今年は「女子ラッパーの年(Year of the Female Rappers)」と呼んでいいほど,あらゆるエリアからの女性ラッパーがメインストリームへの登場を果たしてきました。

シティ・ガールズに関しては,昨年ドレイクが楽曲「In My Feelings」をリリースしたことにより,一躍有名となりました。これまではフロリダ州の一部でしか名を馳せていなかったこの女子ラッパーユニットは,ドレイクのこの曲のおかげで世界的名声を勝ち得たともいえます。

カーディBに関しては,もはやヒップホップ界のみならず,ポップス界で勝負していけるほどの才覚やセンスの持ち主となり,3年前(2016年)の時点ですでに,当時ポップス界のブルーノ・マーズと肩を並べるほどの存在となりました。

さて,こうした現代ヒップホップ界における「女子ラッパー」の存在にスポットライトを注いだ火付け役といえば,おおもとを辿れば,ニッキー・ミナージュが始まりといえます。2007年にアングラでリリースされたミックステープ『Playtime Is Over』収録のフリースタイル曲「Warning」でニッキーはヒップホップのアングラ界で一躍有名となりました。これだけフリースタイルをカマせる女子ラッパーはめずらしいぞ,と。ニッキーが世に出てきたからというもの,数多の女子ラッパーが登場しました。Azealia Banks, Rapsody, Young M.A, Iggy Azalea, Angel Haze, Dreezy, DeJ Loaf, Doja Cat, Snow Tha Product, Saweetie, Lizzo, Teyana Taylor等々です。

逆に,ニッキーが世に出る「までの」女子ラッパーというのももちろんおります。
以下は女子ラッパーの礎を築いた,それこそ最重要人物たちです。
このリストは心に刻んでおくべきでしょう。この人たちがいなければニッキー・ミナージュの存在はなかったといえます。そしてニッキーの存在がいなければ,今のシティ・ガールズやカーディBもいなかったでしょう。しかしながら,ニッキーの存在が凄いのは,黄金時代の女子ラッパーたちと現代の女子ラッパーたちの「あいだ」の存在として,ちゃんと橋渡しをしているところです。ニッキーが出るまでは今の世代の女子ラッパーは半分以上現れていなかったと過言してもよいところでしょう。

『歴代女子ラッパー』:ヒップホップ黄金時代の礎を築き上げた偉大なる女子ラッパーたち
(上からデビュー順に並べていきます。( )内はデビューの年です。)
1. Roxanne Shante (1984)
2. Salt-N-Pepa (1986)
3. MC Lyte (1988)
4. Queen Latifah (1989)
5. Mary J. Blige (1989)
6. Missy Elliott (1989)
7. Monie Love (1990)
8. Da Brat (1992)
9. Rah Digga (1993)
10. Lauryn Hill (as The Fugees) (1994)
11. Lil’ Kim (1994)
12. Erykah Badu (1994)
13. Amil (1994)
14. Charli Baltimore (1995)
15. Foxy Brown (1995)
16. Ms. Jade (1995)
17. Bahamadia (1996)
18. Shawnna (1996)
19. Eve (1996)
20. Trina (1998)
21. Vita (1998)
22. Remy Ma (2000)

ここまでがひととおり,ニッキー・ミナージュがヒップホップのアングラ界で名を挙げるまでに登場した,ヒップホップ黄金時代を築き上げた最も重要な女子ラッパーたちです。(つまり,ニッキー以前のラッパーたち。)

非常にたいせつなリストですので,もういちど復習しておきます。

1. Roxanne Shante (1984)←※昨年,映画『Roxanne Roxanne』を観ました。初期のヒップホップにとってあまりにも重要な人物ですので,彼女へのリスペクトを表し,その半生を描いた映画です。映画の後半には子供の頃のNas(ナズ)も出てきます。この映画を観ると,あのナズでさえも,彼女(Roxanne Shante)の生き様に関わっていたことがわかります。Roxanne Shanteは1969年のクイーンズ生まれ。母子家庭で姉妹とともに育ちました。9歳の頃にラップを始めて,14歳の頃にラッパー名をロリータからロクサン(英語読み)へと変更。周りの女子は誰一人としてラップなんてしていなかった時代に,ラップを始めた。その度胸だけでも称賛されるべきです。その生き様はまことに苦闘の日々でした。その苦闘をラップ曲へと昇華することに成功し,初期ヒップホップを次に紹介するSalt-N-Pepaへと繋げた最重要人物です。

2. Salt-N-Pepa (1986)←※塩(ソルト)はシェリル・ジェイムス,胡椒(ペッパ)はサンドラ・デイトンです。二人はクイーンズの短大(Queensboro Community College)で看護学を学ぶ学生時代に出会い,ラップユニットを結成しました。シェリルはブルックリン出身。サンドラはクイーンズ出身。もともとはスーパーネーチャー(Super Nature)というユニット名で,3人目がいました。専属DJのDJ Spinderella(スピン+シンデレラ=スピンデレラ)です。Salt-N-PepaはRoxanne Shanteと並んで,ヒップホップの創設時代に必ず名前が挙がる人物です。

3. MC Lyte (1988)←※自身の名前に“MC”という呼称を付ける数少ないMCの一人です。しかも女性で。しかもですね,女子ラッパーで“MC”という呼称を入れているのは,MCライトだけです。男子ラッパーでは,MC Ren, MC Eigt, MC Shan, MC Jin, MC Hammer等いますが,女性ではMC Lyteのみ。女子ラッパーというより,女子リリシストと呼べるほど凛々しいラップをする彼女。MC Lyteの曲で「Poor George」というのがあります。ジージー(Young Jeezy)が楽曲「Shake Life」でサンプリングしておりました。名曲ですので,「Poor George」(1991)を聴いてみてください。しかしそれにも,さらに元ネタがありまして,それがTotoの「Georgy Porgy」(1978)でした。

4. Queen Latifah (1989)←※知っていますか?クイーン・ラティファとニッキー・ミナージュが映画『Barbershop: The Next Cut(邦題:バーバーショップ3 リニューアル!)』で共演していることを。女性ヒップホッパーというジャンルを象った一人の女性(=ラティファ)が,今の世代のバービー・ドールたちを産み出した若き女子ラッパー(=ニッキー)とともに「世代を超えて」共演している映画があるということを。ニッキーは今,アップル・ミュージック(Apple Music)専用ラジオ局で,Queen Radioというラジオ局を持っておりますが,おおもとの“Queen”はこの人=Queen Latifaでした。ラティファとニッキーがこうして多面的に繋がっていることにより,ラティファの音楽がいつの時代も生き続けるように祈るばかりです。

5. Mary J. Blige (1989)←※ヒップホップ界ではいろいろな人が「クイーン」の名を好き勝手に使っておりますが,この人こそが正真正銘「元祖クイーン」です。メアリーは次に出るミッシーとともに,黒人女性にとって非常に重要なアイコンでしょう。メアリーの名盤『What’s the 411』は,女子ラップではなく,女子とか男子とかカンケーなく,ヒップホップ音楽(そしてR&B音楽)における最も重要なアルバムです。日本国民全員が一家に一枚持っておくべき最重要アルバムです。今晩の夕ご飯の時には,TVは消して,DVDも消して,Netflixも消して,『What’s the 411』をかけてみてください。ハマります。一度ハマれば,二度と戻れない。一度ブラックにハマれば,二度と戻れない(“Once you go black, you can never go back.”)。入り口は『What’s the 411』です。全てはここで始まります。そんなアルバムを作ったメアリーは次のミッシーとともに歴史的人物として歴史(少なくとも黒人女性の歴史)の教科書に載るべき人物でしょう。日本の小学校の歴史の授業で,「メアリーがいたから〇〇」や「ミッシーがいたから〇〇」の〇〇には,この二人により救われた人々の名前が入ります。メアリーの何がすごいかって,彼女の苦しみと涙に満ちた歌詞に共感する女子が当時も,今も,ほんとうに多くいらっしゃるということです。時代は変われど,メアリーの歌詞と歌に共感する人は絶えないですね。それだけ女子にとって普遍的な音楽を創り続けているメアリーは偉大な人物です。

6. Missy Elliott (1989)←※いやぁ,ミッシーに関しては,現代黒人女子ラッパーのみならず,黒人女性のアイデンティティを作り上げたという点において,特筆すべき,非常に重要な歴史的人物です。「黒人女性史」というジャンルがあるならば,必ずメンションされるべき人です。この前,どこかのTV番組で,若い黒人女性シンガーがこう言っているのを見かけました。「こんなデブの私でもひとりのブラックシンガーとして認められるようになったのは,ミッシーのおかげです。当時ミッシーが,MTVで流れるミュージックビデオでダンスしているのを観て,私も家で曲にあわせて真似して歌った。ミッシーが成し遂げたことは,黒人女性にとって革命的なことだった。」ヒップホップや音楽という範疇を超えて,ミッシーが成し遂げたことは,黒人女性にとっていかにたいせつであったかを,別の機会に書ければと思っております。

7. Monie Love (1990)←※UK出身です。英国はロンドン生まれ。名前の読み方は「マニー・ラヴ」ではなく「モゥニー・ラヴ」。彼女の「Monie in the Middle」を聴いてみて下さい。「彼女は誰だ!」「モゥ,モゥ,モゥニー・インダ・ミド」「ダ,ダ,ダ,ミド!」って言ってます。

8. Da Brat (1992)←※ヒップホップ界最も重要なプロデューサーの一人であるジャーメイン・デュプリ(Jermaine Dupri)率いるソー・ソー・デフ(So So Def)所属の女子ラッパー。高い声に,早いラップが売り。ノリは良く,ツカミは完璧。パッパッパとしたテンポのいいラップが好きな人なら,すぐに好きになれます。彼女のアルバム『Funkdafied』はオススメ。ジャーメイン・デュプリは数えきれないほどの名曲を残しておりますが,Lil’ Kim, Left Eye Lopes, Missy Elliott, Da Brat & Angie Martinezとのコラボレーション曲「Not Tonight」の中でもいちばんハードなラップをカマしているのはDa Bratでした。

9. Rah Digga (1993)←※バスタ・ライムス率いるフリップモード・スクワッド軍団のファースト・レディ!女子なのにタフ.タフ,タフ。タフな女子ラップを聞きたければ,とにかく彼女のアルバムを聞くべし。彼女が尊敬するラッパーは,KRS-One,Rakim,Kool G Rapと,ヒップホップ界でもハードなラップをするベテラン勢を挙げております。メジャーデビューは,当時Q-ティップに才能を見出さられ,バスタ・ライムスを紹介されたことに始まります。

10. Lauryn Hill (as The Fugees) (1994)←※下記12.のエリカ・バドゥもそうですが,ローリン・ヒルについても日本の女子ヒップホッパーの間で特に人気がありますね。彼女のグラミー賞受賞のアルバム『Miseducation of Lauryn Hill』はあまりにも有名です。それまでは,女子ラッパーが「Album of the Year(最優秀アルバム)」を受賞したことはありませんでした。歴史上初めて最優秀アルバム(ヒップホップ部門でもなく,ラップ部門でもなく,女性アーティスト部門でもなく,全てを包括した中で,男女関係なく,ジャンル関係なく,最も優秀なアルバム)は,ヒップホップ,しかも女性のヒップホップとしては,初めての快挙でした。そういった意味では,ヒップホップ史のみならず,音楽史で非常に重要なアルバムでしょう。

11. Lil’ Kim (1994)←※冒頭でニッキー・ミナージュは現代女子ラッパーのおおもとを築き上げた人物だと云いました。ニッキーがそうであれば,リル・キムが成し遂げたのは,ニッキーが成し遂げたものとの性格(性質)は似ているかもしれません。また,90年代のヒップホップで最も有名な女子ラッパーとも呼べるかもしれません。名付けて女子OG。女子のオリジナル・ギャングスタ。ブルックリン出身で,ビギーの愛人。レコードでもビギーとのセックスをそのまま曲に流し,下品なラップ曲を厭わずに,世に出しました。ヒップホップに恥など無関係,と言わんばかりに。このおかげで,あらゆる女性が自由を勝ち取ったことでしょう。女子のエロを解放してくれたラッパー,それがリル・キムでした。

12. Erykah Badu (1994)←※この人が成した功績に関しては,ここだけでは語りきれないでしょう。エリカ・バドゥは日本のヒップホッパー女子にも非常なる人気を誇っております。わたくしがここで語るのはおこがましいことですが,ひとつ彼女について言えるとすれば,エリカ・バドゥほどヒップホップに創造性を与えたアーティストは男女ともにいない,ということでしょう。彼女ほどヒップホップの可能性をさぐった人はいませんでしたし,その可能性をどこまでも挑戦し続けた。実践的な面でも,スピリチュアルな面でも。そしてヒップホップそのものと肉体面での関係を持ち,純粋にそれを愛した。肉体のエロさという極致とスピリチュアルな愛というもののもう片方の極みを昇華させたアーティストは男のアーティストを探してみてもめずらしいでしょう。エリカほど理解不能な歌手は今の時代はあらわれにくくなっていますねえ。

13. Amil (1994)←※アミルの特徴的な声は忘れられません。今はどこにいるのかわかりません。でも彼女の声だけはこの耳にこばりついています。ケガが治りかけた瘡蓋のように。ジェイZの「Can I Get A…」を聴いてみてください。あと,1998年に日本でデフ・ジャム関係のアルバム(国内盤)を入手すると,「次回Def Jamレーベルからリリース予定の新盤!」ということでライナーノーツにおまけでチラシが入っていました。その中で,アミルのアルバム『All Money Is Legal』が近々リリース予定!として記載がありました。そしてそれがリリースされたのは2000年8月29日。リードシングル「I Got That」では当時まだデスチャに所属していたビヨンセをフィーチャリング。デフ・ジャムのみならず,Roc-A-Fellaレーベルの辿った歴史として,重要な女子ラッパーです。

14. Charli Baltimore (1995)←※チャーリー・ボルティモアはビギーの愛人でした。ビギー(=The Notorious B.I.G.)は1995年,ライヴ後のアフター・パーティでチャーリーと出会い,関係を持ち始めました。ビギーとジェイZとパフ・ダディが当時スーパーグループ=The Commissionを結成しようと計画していたのを目の当たりにしていた女子ラッパーこそが彼女チャーリーでした。チャーリーに聞けば聞くほど,当時のビギーの秘話が出てくる出てくる。ビギーと関係を持っていた女子ラッパーとして,おさえておくべき重要人物でしょう。

15. Foxy Brown (1995)←※フォクシーは当時,Nas達とThe Firmというスーパーヒップホップユニットを結成しておりました。その彼女が,ジェイZの楽曲「Ain’t No Nigga」にフィーチャリングされ,一躍有名に。デビュー作の『Ill Na Na』ではその特徴的な声で,ヒップホップ界に「新しい旋風」を巻き起こしました。リル・キムとは違った趣向で切り口,角度でヒップホップに登場しました。当時は,「リル・キム派」か「フォクシー・ブラウン派」か,もしくは第三の波「ミッシー派」か,その三大帝王の指に入るほどメジャーなフィメール・ラッパーでした。

16. Ms. Jade (1995)←※個人的にはとても好きな女子ラッパーです。彼女を知ったのは2001年でした。当時ニューヨークのストリートで売られていたミックステープにMs. JadeとJAY-Zのコラボ曲が収録されていて(「Count It Off」という曲です),あれがヒップホップこてこてのクラブ(当時NYCで有名であったClub Speed(ヒップホップ伝説の男DJ Mister Ceeもここでスピン!))で流され,「おぉ,これミックステープで聴いた曲や!」とテンション上がったのは記憶にあります。Ms. Jadeのフィリーをレペゼンする,ドスの聴いた声で低音ベースがガンガン聴いたティンバランド・ビーツは超マッチ。「Count It Off」はあらゆる意味で名曲ですので,聴いてみてください。

17. Bahamadia (1996)←※デビュー作アルバム『Kollage』のカバー表紙はきっと見たことがあるでしょう。あまりにも有名なアルバム。女子ラッパー名盤。バハマディアのこのアルバムは必ず聴いておくべき。

18. Shawnna (1996)←※アトランタ出身リュダクリスのDisturbing Tha Peaceレーベル所属。ショーナ自身はシカゴ出身。リュダクリスのメインストリーム・デビュー・シングル曲である喘ぎも入るエロエロの曲「What’s Your Fantasy」でコラボレーション。

19. Eve (1996)←※もはや女優としての才能に恵まれた多才なラッパー。当時はスウィズ・ビーツ率いるラフ・ライダーズのファースト・レディー的存在。

20. Trina (1998)←※女子ラッパー,特にサウス出身の女子ラッパー,にとっても最も重要な女子MC。サウス女子のそれこそ礎を築き上げた張本人。

21. Vita (1998) ←※当時ジャ・ルールと同胞マーダーINC.に所属していた女子ラッパー。ジャの「Put It On Me」のPVがMTVで流れ,そこでジャの相方としてラップしていた細身の彼女。

22. Remy Ma (2000)←※Ne-Yo(ニーヨ)とのコラボレーション「Feels So Good」はあまりにも有名な楽曲。当時ミックステープを売りまくっていた「アルファベットラッパー」ことPapoose(パプース)と結婚。パプースはオフィシャル・アルバムを出す出す出す,と言っていて,ずっと待ち続けていたが,いまだに出していない。(蛇足ですが「アルファベットラッパー」といっても馬鹿にすることなかれ。アルファベットを「A」から「Z」まで順番に韻を踏んでいくんです。当時ニューヨークのHOT97で聴いたときは,「スゲエッ!こんなん初めて聴いたわ!」と度肝を抜かれました。後に同胞ブルックリン出身のファボラスも「C→G」までアルファベットラップをやって,それもなかなかよかったです。)

さて,次回は各女子ラッパーの写真と代表作を掲載します。

(文責:Jun Nishihara)