エミネムのラップ術に学ぶ(その①:教材はロジックの楽曲「Homicide」)

5月10日(金),ロジック(Logic)はニューアルバム『Confessions of a Dangerous Mind(=アブナい脳ミソから湧き出る告白)』をリリースした。

(翻訳のポイントとして,人がPC画面をパッと見て映るこのタイトルの「長さ」を考慮したとき,
“Confessions of a Dangerous Mind”

「狂気の告白」
とサラッと訳してしまうと,イメージが思い浮かばない。
とは言え,はたまた
「キケンな頭を持った男が打ち明ける告白」
と説明的に(英語原文では所有格の名詞構造なのに,日本語ではS+V+O構造で)訳すとイメージはできるが,原文の構造をくずしてしまう。

原文の構文をくずさずに,だいたい同じ「長さ」を尊重して
「アブない脳ミソから湧き出る告白」
と訳せば,ぱっと見,原文の語彙レベル(confessionsとかdangerousとかなかなかスペルが長い語を使用しているスタイル)を保ちつつ,人がパッと一目で視界に入れた際に,同じ長さだと感じられる訳になる。
ここでの翻訳のポイントは,“of”という前置詞を“from”と読み替えて「〜の」ではなく「〜から」と訳すところがミソである。)

さて,このアルバムの楽曲「Homicide」ではエミネム(Eminem)をフィーチャリング・ラッパーとして迎えて,スピード感ある高速ラップを披露している。この曲でロジックとエミネムを聴き比べてみると,全体的なスピードは双方とも優劣ない勝負を見せているが,やはりエミネムの凄まじさは,ロジックとは比較にならないほど,優れているといえるでしょう。

どういうところがエミネムが優れているか,といいますと,以下3点のとおりでしょう。

1.アクセントの場所を入れ替えるワザ
2.次から次へと連打のように繰り出す韻踏み
3.息の長さ

説明していきましょう。

1.アクセントの場所を入れ替えるワザ

どんな英語の単語にも,シラブル(Syllable=音節)があります。たとえば,“bandana”という単語には,シラブルが3つあります。“ban/da/na”のように3音節に分かれます。「バン」「ダ」「ナ」です。簡単に言いますと,母音1つ(文字上の母音ではなく,音の上での母音。たとえば,beautifulという単語には,文字上の母音は5つありますが,音の上での母音は,「ビュー」「ティ」「フォ」と3つのみです)において,シラブルが1つと考えれば,簡単でしょう。

さて,そのシラブル1つに,アクセントが1つ決まっています。英語は日本語とは違い,上下のアクセント(イントネーション=抑揚)のある(つまり音楽のような)言語ですから,強弱あったり,上下あったり,高低あったり,音的な要素がいろいろ入っております。そして,“bandana”のアクセントは,“ban→DA⤴︎na→”となります。

そこで,もうちょっと話をややこしくして,こんどは別の単語とつなげてみましょう。

“I’m bringing the bandana back.”という一文があったとしましょう。
普通にこの一文を音読するとき,どこにアクセントがあるでしょうか。(つまり,この一文でもっとも強く発音するシラブル(音節)はどこでしょうか。)

答えは,“da”のシラブルです。
(「アイン・ブリンギン・ザ・バンダ⤴︎ーナ・バック」と「ダー」の箇所(シラブル)にもっとも強いアクセントが表れます。ちなみにもっとも弱く発音する所は「ザ」です。聞こえても小さい「ナ」くらいにしか聞こえません。)

これは普通にネイティヴのアメリカ人がこの一文を音読した場合です。

これをエミネムがラップすると,こうなります。
(タイムラインは2:56〜2:57の箇所です。一瞬で過ぎますので,注意して聴いて下さい。)

エミネムは通常のネイティヴが発音するアクセントとは違い,こういう風にラップします。

「ア⤵︎イン・ブリンギン→ナ→バンダ↑ナ→バック」

つまり,もっとも強く発音するアクセントを冒頭の「ア」に置き換えて,その他はフラットに流しています。しいていえば「ダ」にちょっぴりほんの強みを出すだけです。しかし1秒も経たないうちに,一瞬で通り過ぎていきますので,気合を込めて聴く必要があります。

しかし,これはエミネムのワザであり,他の箇所にも,アクセントの場所を入れ替えるというのがちらほら見られます。

例えば,次のような箇所でしょう。
アクセントの場所(エミネム特有のアクセントを入れ替える箇所)を大文字で書いておきますので,目で追いながら,エミネムのラップを聴いてみてください。

BEAST mode, motherfuckers ’bout to get hit
with so many foul lines, you’ll think I’m a FREE throw
figured it was about time for people to EAT crow
you about to get out-rhymed, how could I be DEthroned?
I stay on my toes like the REpo, a beHEmoth in SHEEP’s clothes
from the EAST Coast to the west, I’m the ETHOS and I’m THE goat
who the best, I don’t gotta say a fuckin’ THING, though
’cause emCEEs know

赤文字で反転した箇所と下線を引いた箇所が,エミネムがアクセントを置いている場所です。ネイティヴがこの文章を音読する際とは,異なる箇所にアクセントを置いてラップをしております。たとえば「dethrone(王座を奪う)」という単語のアクセントは「o」にありますが,エミネムは冒頭の「e」にアクセントを置き換えています。また「eat crow(カラスを食べている)」と話すとき,情報としては「何を食べているのか?」「カラス(crow)」が大事なのであって,普通であれば「crow」にアクセントを置きます。エミネムのように「イー(ea)」という音節を強調したいがために,普通の会話や普通の音読で「eat」にアクセントを置くネイティヴはいないでしょう。(「カラスをどうしているのか?」「食べて(eat)いる」という変わった会話をすることがない限り。ちなみに,「eat crow」はイディオムで「屈辱を味わう」や「大恥をかく」という意味です。)しかし,エミネムはこうしてアクセントの箇所を自由自在に入れ替えて,まるで楽器のようにラップを演奏しているのです。

さて,「2.次から次へと連打のように繰り出す韻踏み」と「3.息の長さ」については,来週土曜日,ご説明いたします。

(文責:Jun Nishihara)