ドレイクの新曲2分解説「What Did I Miss?」

アメリカでは独立記念日(2025年7月4日)の週末、ドレイク(Drake)が新曲「What Did I Miss?」をリリースしました。自身のSNSなどで近い将来リリースを予定していると発表したアルバム『The Iceman』のストリートカットされたリードシングル曲です。

さて、この曲でドレイクがラップする内容を2分で解説です。まずタイトルの「What Did I Miss?」は「俺は何か見逃してたか?」つまり「何があったんだ?(教えてくれ)」ということですね。これまで仲間だと思ってたヤツらが、いつの間にか自分の仲間ではなくなっている、何が起こったんだ?教えてくれ、っていうことですね。

【ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)とのビーフ】

言わずもがな、ケンドリックとのビーフ(beef=ラップ対立)に起因する様々な寝返りや裏切りについて語っています。これまで仲間、しかも単なる仲間じゃなくて、近しい友達だと「ドレイクが思っていた」仲間たちが、いつの間にか自分のことを敵視するようになっていたり、人によってはケンドリック側についていたり、ドレイクとしては「え?!なんでコイツ、ケンドリック側にいるの?!何が起きたんだ?」っちゅうことになっている、ということですね。

1人目、フューチャー(Future)。2015年に二人(Drake x Future)はアルバム『What A Time To Be Alive』で全曲コラボレートしたまでの仲でした。が、記憶に新しい昨年2024年のアルバム『We Don’t Trust You』で、ザ・ウィークエンドと組んで出しましたが、その中のケンドリックとドレイクのビーフ(対立)の火種ともなった楽曲(「Like That」)でケンドリックが「Motherfuck the big three(ビッグ3なんてクソ喰らえ)」って言った曲にフューチャーがいました。ドレイクとしては「え?!フューチャー、なんで、そっちにいるの?」っていうことですよね。

2人目、リック・ロス(Rick Ross)。リック・ロスとドレイクは昔から、一緒に数々の名曲を作り上げてきた仲です。中でも名曲「Aston Martin Music」の黄金時代は、Hip-Hop界全体をDJ Khaledとともに、ドレイクとリック・ロスで牛耳っていた時代でもありました。その2人の間に今回のケンドリックとの一連のビーフを介して亀裂が走り、リック・ロスもドレイクをディスるようになった。

3人目、エイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)。まず、ドレイクとリアーナ(Rihanna)が近しい関係があり、その後、エイサップ・ロッキーとリアーナは現在も続く家族として、子ども2人(RZA君とRiot君)を育てています。3人目の赤ん坊で今現在、リアーナは妊娠中です。それでも尚、ドレイクとエイサップは良い関係を築いてきたと思えたのですが、今回のケンドリックとのビーフ中、一度もドレイクをサポートする気配を出さなかった。自分は全く関係ないともインタビューで発言したりというようなこともあった。

4人目、ザ・ウィークエンド(The Weeknd)。いやぁ、これは長い長い歴史なので、割愛しますが、一つ言えることはThe Weekndはドレイク(Drake)が立ち上げたレーベルに所属しており、ドレイクのお蔭で有名になるキッカケを得た、と言っても過言ではないアーティストであり、もう少しドレイクに感謝してもよいのではないか、と考えるアーティストですが、冒頭に申し上げたように、アルバム『We Don’t Trust You』でフューチャーとコラボレートしたように、ケンドリック側に回っていた、っていうことですね。

そして5人目、これが一番ショックだったのかもしれないですが、ケンドリックのThe Pop-Outコンサートで、ドレイクへのディスり曲にあわせて踊っていた(ドレイクが親友だと思っていた)レブロン・ジェイムス(LeBron James)です。

歌詞(リリック)の部分解説です。30秒で。

I saw bro went to Pop Out with them / But been dick ridin’ gang since “Headlines”

ブロウ(レブロン・ジェイムス)がPop Outコンサートで踊ってるのを見た/「ヘッドライン」の曲の時代からずっと俺らに媚びてたんじゃなかったのか

What did I miss? / When I was looking at yall and cooking with yall / And giving out verses and bookings to yall? / Making sure wires were hit man, what did I miss?

何が起こったんだ?おまえらの面倒見て、コラボ曲を共にやって、ヴァースも提供してやった。ライヴも盛り上げてやった。あんたの曲がヒットするように、念入りに曲作りに貢献していたと俺は思ってた。何があったんだ?

下記にミュージックビデオを掲載しておきます。ドレイク(Drake)の新曲。”かつての”仲間だと思ってたヤツらへの「俺ら、仲間だったんじゃねえのか」的な静かなディスり曲です。

Drake – “What Did I Miss?”

上記↑は当該シングルカット曲「What Did I Miss?」のアートワークです。

(文責:Jun Nishihara)

出ました。カニエがexecutive produceしたキング・コムズのニューアルバム『NEVER STOP』。(アルバム『NEVER STOP』全曲2分解説)

ここ2週間ほど、世の中から最も嫌われることとなったHip-Hop/R&BアーティストであるDiddy(ディディ)とR. Kelly(R.ケリー)の特集をした。未だにこの2人については世間から批判の目を浴びせられ、彼らを擁護する者たちも批判の対象となり得る。

しかし、である。Hip-Hopというものそのものの存在意義は、1973年に誕生した時から、「世間に反抗して」育まれてきたものであるといえる。つまりいつの時代もHip-Hopは少数派の音楽/文化であり、大多数の人たちの賛同を得られることなく、メインストリームには(その存在性質からして)なりえなかった音楽/文化であった。

ということはつまり、DiddyもR. Kellyも至極Hip-Hopの人生を歩んでいるといえる。そしてこの週末(2025年6月27日(金)米国東部時間真夜中0時)ついにカニエ・ウェスト(Kanye West)改めイェ(イェイ(Ye))がDiddyの息子であるKing Combs(キング・コムズ)とコラボレートし、ニューアルバムをリリースした。その名は『Never Stop』。クレジットにはExecutive produced by Yeの名が。これまでDiddyこそが他のアーティストのアルバムをExecutive produceする立場であり、これまでも数えきれないほどのHip-Hipアルバムに(Executive produced by Sean Combs)というクレジットが表記されてきたのに、ついに、ここにSean Combs (=Diddy) ではなく、カニエの名前が入ることになるとは。

コロナ後、ニューヨークの街はこんな画で溢れ返った。外を歩けば2、3ブロック毎に必ず1軒くらいは、このような状況になっている建物やビルが見られた。

Diddy(ディディ)が創設したBad Boy Records(バッド・ボーイ・レコーズ)という名だたるHip-Hopアーティストを輩出してきた(ビギーもそう!)Hip-Hop史上最も重要なレーベルの一つ、それがいま、こういう状況になっている。まずはアルバムジャケからして90年代のHip-Hopを聴いて育った我々としては蒼然とする画である。これをジャケにしたカニエとDiddyの息子であるKing Combsの静かな憤りが聞こえてくる気がする。

2分で読めるブログにする。1曲ずつ、解説していく。(長く書くともう誰も読んでくれない時代になったので。)

まずタイトルは『NEVER STOP』。DiddyがBad Boy Records創設してきた時から言ってきた合言葉/フレーズである「As we proceed… to give you what you need」の前半部分「As we proceed…(前へ進め)」というフレーズの哲学とも一致するタイトルである。

【収録楽曲】

  1. Lonely Roads
  2. KIM
  3. People Like Me
  4. Diddy Free
  5. Repeat Me
  6. The List
  7. Souls Outro

【各楽曲解説(かけ足で)】

1.Lonely Roads

まずビートはDiddyにリスペクトを捧げたものであるとしか思えない。Bad Boy Recordsの昔っからのビートそのものである。後半、Diddyのかすれた声が聞こえる。おそらく刑務所内で録音したものか。カニエ(Ye)の娘さんであるノース・ウェスト(North West)も軽めのラップをしている。

2.KIM

このKimって誰の事だと思う?Diddyの亡くなった奥さん、キム・ポーター(Kim Porter)のこと。つまり、King Combs(キング・コムズ)のお母さん。冒頭、キング・コムズが歌う。「I love you, Mama. Things aint been the same without you Mama」(ママがいなくなってから、何もかも変わってしまったよ。愛してるよ、ママ。)

もう一つ、カニエも自身の母親を亡くした。アルバム『Graduation』をリリースしてからのこと。その後、Hip-Hopの概念を覆した非常に重要なアルバムである『808s & Heartbreak』をリリースした。キング・コムズの思いは、そのままカニエ(Ye)の思いを乗せているといえる。

もう一つ、ノース・ウェスト(North West)にとっては、母親であるキム・カーダシアン(Kim Kardashian)が父親のカニエと離婚したことの思いも反映しているといえる。

この曲はこの3名の思いを複雑に(というかストレートに)のっけた楽曲であるといえる。

3.People Like Me

個人的にこの曲がいちばん好きである。唯一、アルバム中カニエがラップするトラックである。

冒頭の「You need people like me…so you can point you middle finger and say there go the BAD BOOOOYYYY」これはHip-Hopでよく引用される映画『Scarface(スカーフェイス)』からのスカーフェイスの言葉ですね。「おまえらには俺みたいな人間が必要なんだろ。そうやって指差して、俺をワル者に仕立てあげたいんだろ。」これをもじって「おまえらには俺みたいな人間が必要なんだろ。そうやって中指立てて、ワル者に仕立てあげたいんだろ、Bad Boooyyyをな!」

4.Diddy Free

「フランク・オーシャン構文」と、私が勝手に名付けている英文構造があります。それがこの曲のリリックに出てくる「What’s a good kid to a bad boy」(よい子はバッド・ボーイにはかなわない)という部分です。なぜ、フランク・オーシャン構文と呼ぶかというと、2011年にリリースされたHip-Hop史上最も重要なアルバムであるJAY-Zとカニエが作り上げた『Watch The Throne』(ウォッチ・ザ・スローン)の冒頭の曲で、Frank Ocean(フランク・オーシャン)がこう歌うからです。

What’s a mob to a king / what’s a king to a God / what’s a God to a Non-Believer who don’t believe in anything – Jay-Z & Kanye West feat. Frank Ocean “No Church In The Wild”

輩(やから)はキングにかなわない。キングは神(ゴッド)にかなわない。しかし、その神でも、信じるものがいない野生の無神論者には到底かなわない。

これは同アルバムの冒頭の曲「No Church In The Wild」(野生の地に教会は無い)からR&B歌手であるFrank Ocean(フランク・オーシャン)の余りにも有名なリリックです。このリリックはもはや今や格言化しているため、フランク・オーシャンのこの歌詞の英文構造を私が勝手に「フランク・オーシャン構文」と名付けたのです。

当曲「Diddy Free」に戻ります。「Diddyを解放せよなら「Free Diddy」」ですが、それを逆にして「Diddy Free」にすると、Diddyはすでに解放された(freeである)ことを形容しているフレーズになります。ここら辺も、ただ単にこのアルバムはDiddyを解放することを擁護しているものではないというカニエの意図が窺えます。

5.Repeat Me

エモーショナルなメロディーで始まる曲ですね。前半の1曲目~4曲目まではカニエ(Ye)色が色濃かったですが、ここからはキング・コムズの若さとエロさが出ます。この曲を聴いて、King CombsとIce Spice(アイス・スパイス)に恋愛関係があったのかどうかググってしまったんですが(笑)、あまりにもIce Spiceのラップに似ていたので、二人には恋愛感情があったのかどうか、調べてしまった(笑)。そういう曲です。(どういう曲やねん)

6.The List

このリストってなんのリストかというと、いわんやThot-listのことですね。Thotって「That Hoe Over There(あっちのビッチ)」の頭文字(イニシャル)であすが、要するに「ヤリマン」ということです。そういった女の子たちについて歌っている曲です。

6.Souls Outro

最後の曲です。キング・コムズが言います。「F*** around and lose yourself chasing these hoes.(女を追いかけてばっかいたら、自分を見失うぞ)」と警告してくれている曲です。Diddyの裁判の内容と照らし合わせても、現実味を浴びていて、ゾッとするラインですね。それが「Souls(複数の魂)」つまり、これまで刑務所に入ってきた複数の人間たちの思いを総称して、それをOutro(エンディング)にしている曲です。

駆け足で解説しましたが、7曲にあらゆる感情がギュッと色濃く凝縮された稀有なアルバムになっています。このアルバムが「世の中から嫌われるアルバムになればなるほど」カニエやキング・コムズの思惑(おもわく)通りとなる。世間から嫌われるアルバムになることで存在意義を発するアルバムとなる。嫌われて「勝ち」であり、万が一好かれたとしても(いや、どう考えても世間から好かれるアルバムにはならないと思うが、万が一好かれたとしても)負けではない、つまり「負けがない」アルバムであると言える。しかしながら、カニエが目指したのはもう少し先にある。それが「マイノリティ(minority=少数派)への回帰」である。これについては2分では語れないのでまた今度書くことにする。

左から、カニエ・ウェスト(Ye)、ノース・ウェスト(North West)、キング・コムズ(King Combs)。

毎週月曜日と木曜日に更新していますが、今週木曜日はお休みです。

(文責:Jun Nishihara)

(今でも)R&Bの王様:R. Kelly特集②

前回に続き、今回もR. Kellyについて書きます。

高校生の時に、R. Kellyの「I Wish」というシングル曲が発売されました。その後まもなく同曲のRemix版である「I Wish – Remix (To the Homies That We Lost)」がリリースされることになったのですが、それを当時私は和歌山県の実家でその曲を聴いて、歌詞カードを読みながらリリックに感動して泣きながら聴いて、それを台所にいるおかんに持っていって見せたのを憶えています。

その曲が先週末、頭の中でずっと鳴っていたので、ジャーナルに書き残しておきました。手書きで書くことによって思考が沈静化/深層化します。

その曲がこちら。

R. Kelly feat. Boo & Gotti – “I Wish – Remix (To the Homies That We Lost)”

途中、R. Kellyが「ラジオよ、お願いだから “nigga” という言葉を消さないでくれ!」って叫ぶところ。これこそこのサイトで伝えたい「その言葉にしか伝えられないブラザーに対する感情」というものです。「Bro」でもなく「Fam」でもなく「その言葉(N-word)であるからこそ」ほんとうの思いが伝えられる、というものです。軽々しくその言葉を使ってはいけないっていう問題じゃないのです。もはや。だって、それを言っているのは「黒人」なのですから。当然のことながら、放送禁止用語だからその言葉を検閲するっていう問題でもないのです。その後、ケリーはなんていうかというと、こう歌います。「Let it play on, play on, play on…」と。これには、「曲よ、このまま鳴り続けてくれ、鳴り続けてくれ、鳴り続けてくれ」というケリーの願いに重ねて、人生よ、終わらないでくれ、つまり、「生き続けろ、生き続けろ、生き続けろ」と、死んでいくブラザーを目の前にして伝えようとしているR. Kellyの言葉なのです。

(文責:Jun Nishihara)

(今でも)R&Bの王様:R. Kelly特集

メジャーデビューをした1993年、R. Kelly(R.ケリー)はR&Bの歴史上最高のR&Bアルバムと呼ばれた『12 Play』をリリースして、華々しいR&Bアーティスト人生を送ったのだが、その名声高き人生の特に後半は様々な訴訟と投獄を繰り返すこととなる。90年代そして2000年代初期の頃はあれだけ全米TV番組や音楽業界などからどれだけ素晴らしい歌声を持ったR&Bアーティストであるかと揶揄されていたにもかかわらず、訴訟や裁判の判決などが関わってきた頃から、業界始め一般市民はR. Kellyに冷たい視線を浴びせるようになった。

見てくれ、この世の中の手のひら返し。

今般のDiddy(パフ・ダディ AKA ディディ)の訴訟にしても、ユダヤ人に対する差別的発言をした頃のYe(カニエ・ウェスト改めイェイ)に対しても、ちょっとでも間違いを犯すと、それまで彼らの熱烈なファンだと自称していた人たちもすぐさま彼らに冷たい視線を浴びせる。そして彼らの音楽から遠ざかる。

世の中ってそんなもんですよね。「うまくいっている時は好かれる。間違いを犯したらすぐ嫌われる」まさにこれがHip-Hopメンタリティの真逆に位置する精神ですよね。

Hip-Hopの根底に流れる精神として「世の中への反発心」というものがあります。心構えのモンダイです。世の中へのことばにならない怒りと憤りを、ラップのビートに載せてリリック(ラップの言葉)を発するHip-Hopの遊びです。「遊び」と言いましたがそのHip-Hopの遊びをけっしてあなどるなかれ。「あそび」は時に真剣な金儲けにつながりますから。

脱線しました。世界イチHip-Hopを「あそんで」いるYe(カニエ・ウェスト)とR&Bの王様であるR. Kellyがコラボレートして作った「世の中への反発曲」があります。曲名はまさしく「To The World(世界へ)」です。これは様々な訴訟の嵐に揉まれている最中であり誰も音楽の才能として相手にしなくなったR. Kellyを呼んでカニエがプロデュースした曲です。この危険な時代のR. Kellyをコラボレートの相手にしたのはカニエだけ。それができるのはカニエしかいない。まぁ、カニエもそのクチですからね。世の中から当時もっとも嫌われていた2人で作り上げたこの曲はHip-Hopの最高の名曲であると言わずしてなんと呼ぶ?

そして後半歌う女性はTeyana Taylor(ティアナ・テイラー)です。ティアナもね、ワルなんですよね(笑)。この2人を手なずけられる唯一の女性R&Bアーティストであると。その曲がこれです。

Kanye West, R. Kelly & Teyana Taylor – “To The World”

R. Kellyについてマスメディアが書く腐った情報を読むよりも、上記の曲を1回聴いてみ。昔、R. Kellyのファンだと自称しながら、いまは全くR. Kellyの音楽を聴かなくなったヤツに訊きたい。訴訟とかマスメディアの情報があんたに一切遮断されていたら、R. Kellyの音楽をまだ聴いていたと思うか。心の底でどう思っているのか、それともR. Kellyの音楽はもう長年、遠ざかりすぎて、もはやどうも思わなくなったのか。訊きたい。

(文責:Jun Nishihara)

R. Kellyの忘れられた名曲5曲を掲載(其の一)

前回のDiddyに続き、世の中から最も嫌われることとなった黒人アーティストである R. Kelly の忘れられた名曲を5曲選びました。

  1. R. Kelly & Usher – “Same Girl”

2. R. Kelly – “Hair Braider”

3. R. Kelly – “I Believe I Can Fly”

4. R. Kelly – “To The Homies That We Lost (I Wish Remix)” これは永遠の名曲です。高校生の私はこの曲を歌詞カードを見ながら聴いて泣きました。

5. R. Kelly x Kelly Price x Kim Burrell x Maurice Mahon – “3 Way Phone Call” どれだけR. Kellyが世の中の悪者となろうが、R. Kellyの歌声はどんなR&B歌手のそれをも遥かに上回って上手いことがわかる。

(文責及びキュレーター:Jun Nishihara)

世の中には二種類の人間がいる。<Diddyの裁判、そしてヴァースをうけて>

世の中には二種類の人間がいる。推しが犯罪したことで離れるファンと、離れないファンだ。

上記は村上春樹が『ペット・サウンズ』の翻訳書のあとがきに書いた名言をもじって書いた文であるが、最近の「Diddy裁判騒動」を見ていて、Diddyが犯罪者であることがほぼ確定している状況で、Diddyのもとを離れるファンと、逆に、そんなことは関係ないと云わんばかりにDiddyのファンでいつづける人たちだ。

ちなみにわたしは後者です。

今日、親友にこういうメールを送った。

Diddyがここしばらく15年前?に犯したセクシャル犯罪で裁判にかけられてるけど、そんな15年なんて遥かに超えてDiddyを見て聴いて育った僕としては、そんなのはどーでもいい話で、(被害にあわれた人には申し訳ないけど、被害あわれた人はまた別の話だから)いまもDiddyの音楽を聴いてるし、変わってない。むしろ、これだけで僕がDiddyファンじゃなくなったら、前からそもそもDiddyのファンじゃなかったんじゃない、っていうことになるから。全人生否定になってしまう。これまでの人生なんだったんだって、こんなことでDiddyの音楽を聴かなくなったら。

R. Kellyにしてもそうで、最近、余計にR. Kellyの音楽がすばらしいと思えてきた。世の中から嫌われれば嫌われるほど、なんでDiddyとかR. Kellyの音楽が余計にすばらしく聴こえるんだろう、って思う笑

世の中から嫌われてナンボっていうカニエ(Ye)の精神が息づいている気がする。(そんな精神あるのかどうか知らんけど僕が勝手に思ってるだけ笑)世の中から阻害されていくラッパーたちにさらに親近感を感じさせてくれる。

ということで、Diddyプロデュースした楽曲を5曲、掲載しておきます。

  1. Puff Daddy & The Family – “Do You Know?

2. Diddy feat. Bryson Tiller, Yung Miami & Ashanti – “Gotta Move On (Remix)”

3. Diddy feat. Bryson Tiller – “Gotta Move On (Original Version)”

4. P. Diddy – “I Need A Girl Part 2”

5. Diddy feat. Keyshia Cole “Last Night”

(文責及びキュレーター:Jun Nishihara)

ついにカニエ(Ye)の『DONDA 2』ストリーミングに登場!(これまではStem Playerのみ)

カニエ・ウェスト(Ye)が2022年にリリースした『DONDA 2』アルバムを聴くためだけに、小生は200ドルを支払って購入したStem Playerでしたが、3年後のいま現在、ようやくストリーミングで再リリース!(つまりStem Playerを持ち運ばなくてもスマホで聴ける!これは革命的!(笑))しかも、カニエらしく、楽曲のプロダクションがそれぞれ更新(パワーアップ)されている。カニエにとって音楽は止まったアート(芸術)ではなく、生きているなま物(ナマモノ)であるという思想を持っている。いや、マジ、カニエって芸術家(思想家)なんです。誰もそれ言わないですが。

ですので、カニエは2022年にリリースした音楽を2025年に再リリースする時に、当時と全く同じ音楽をリリースするという頭(考え)では到底無いんです。

更新された(更新ってアプリか!と思うほど、アルバムを”更新する”ラッパーって今までいなかったでしょ)箇所は以下のとおりです。

まず2025年4月29日にストリーミングサイトでリリースされた際に、4曲の新曲が加わりました。楽曲「Mr. Miyagi」と「530 (a shorter version)」と「Burn Everything」と「Maintenance」です。

次に、2025年5月1日に2曲の新曲が加わりました。楽曲「Suzy」と「Jesse」です。

それから、楽曲順序の入れ替えと名前の変更です。「Louie Bag」を複数形にして「Louie Bags」に変更、逆に元々複数形にしていた「City of Gods」を単数形の「City of God」に変更。

それから、昔っからそうでしたが、カニエは音楽家(ミュージシャン)としてあらゆるビートメイカーマシンを用いて「音楽と遊ぶ(純粋に子どもが遊ぶように)」ということをやってきましたが(この映像見たら、カニエが遊んでることがわかるでしょう)、今回もカニエらしく、AIヴォーカル機能を使い、楽曲「Louie Bags」と「Happy」にAIヴォーカルのヴァースを加えました。(後々、AIが作る音楽はクソだ、ってカニエは言ってますが、それは「事後的に」カニエが言っているだけで、AIで「遊んでいる」瞬間のカニエは真剣な子どもの遊びなんですよね。全てはその「瞬間」にあるんですよね、カニエの場合。しかし「瞬間」に停止しているわけではなく、カニエにとって音楽は「停止した芸術」ではなく「生きているナマモノ」であることは前述したとおりです。)

いや、NYにいる時の当サイトのブログが全て、消えてしまったんです。小生もともとパキスタンのカラチに住んでいた時代に当サイトを立ち上げたのですが(2018年6月)、NYに引っ越した2020年から2024年まで書いたブログが消えてしまった。理由はいつか話しますが、取り敢えずその4年間の記事(投稿)が消えてしまったので、しょうがないのですが、何を言いたかったかと言うと、当時発表された「City of Gods(まだ複数形の時代)」についても勿論、当サイトで記事を書きましたが、それをハイパーリンクで書けないのが歯がゆい、ということです(笑)。

兎にも角にも、当時の「City of Gods」から「City of God」へのタイトル変更、楽曲「Get Lost」の再制作にマイク・ディーン(Mike Dean)が加わることにより、よりクリアな編曲に仕上がっているなど、「更新され続ける」アルバムであることは間違いない。3年前を振り返ってみると「なんでカニエはStem Playerでニューアルバムをリリースするの!もう誰も聴かなくなるよ!」なんていう世の中の批判だらけだったのが、そんなメインストリームの意見なんてここへ来て、どうでもよくなるほど、他のラッパーがやっていない「一度発表したアルバムを更新し続ける唯一のアーティスト」という「他にはできないこと」をやる(これからこういうアーティストは出てくるのかもしれないですが、その走りがカニエであることは間違いない)というポジショニングを確立できたのは、もともとStem Playerでしかリリースしなかったお蔭であるともいえる。そしてここへ来て、ストリーミングでリリースするという機縁を得て、その機会に「更新する」という縁に恵まれたカニエは強運であったといえるのではないでしょうか。カニエ(Ye)って世の中から叩かれまくりの運の悪い人生を送っていますが、その運が悪いように「外から見える」人生って、それがこの40数年間の彼の「個性」を作り続けてきた。「世の中から嫌われる」ことで彼はそれを糧に生きてきた。そしてそれが彼の強運さを養成し続けた、という逆説。

人間、いちばん偉いやつは何かということです。いろいろありますけれども、やっぱり運の強いやつが一番偉いと思うんです。(笑)頭がよくて、体格もよくて、社交もうまくて、金は持っている。大変具合いいな、そんならこの人にうちの娘を嫁さんにやろうか、ということで、やったところが、あくる年ころっと死んでしもうた。(笑)さっぱりわやですわ。そうしてみると、人間というものは運の強いやつがいちばん偉い。これはおもしろいことですよ。皆さんにこれを知ってもらいたい。

 松下幸之助『松下幸之助発言集ベストセレクション - 第八巻:強運なくして成功なし』より

(文責&キュレーター:Jun Nishihara)

ラップでもなくR&Bでもなく(Kid Cudiが築いたポジショニング)

ちょうどカニエ・ウェスト(当サイトではYeの日本語名を「カニエ・ウェスト」に統一しております)が2018年にキッド・カディ(KiD CuDi)と組んで、Kids See Ghostsというスーパーグループを組んだ際、カディはラッパーとして売り込んでおらず、アルバム中、ほとんどラップしていませんでした。自分はもう「ラップはしないんだ」と。しかしながら、当時アメリカのメディアではカディのことをrapperと紹介していることが少なくありませんでした。

最近ではメインストリームのメディアに出ることは多くありませんが、カニエが創設したG.O.O.D. Musicのようなメジャーレーベルでデビューを果たしたカディのようなアーティストが当時、15年前に、真っ向からラップを否定する発言をしているのは珍しかった。カディは2010年のMTVインタビューでこう発言しています。

“I’m just over rapping. I don’t get any fulfillment out of it anymore… I really don’t get any fulfillment out of writing a 16 [bar verse]. […] I get more fulfillment now out of singing and learning to play the guitar.” – MTV News (2010)

「もうラップには飽きた。そこからは何の充実感も得られなくなってしまった・・・16小節のヴァースを書いても何の満足感を得られなくなったんだ。(中略)今は歌ったり、ギターを習ったりすることのほうが、よっぽど満たされるよ。」(キッド・カディ、2010年、MTV Newsのインタビューで)

Hip-Hop業界では、まだラップが売れる時代であった当時にこれを言っているHip-Hopアーティストは少なかった。しかしながら、この時期以降、ラップでもなくR&Bでもないポジションにいるアーティストが少なからず現れてきた。

Smino(スミノ)やNoname(ノーネイム)、それから今は亡きXXXTENTACION(エックスエックスエックス・テンタシオン)、Juice WRLD(ジュース・ワールド)。この2名(XXXTENTACIONとJuice WRLD)については、亡くなった後である現在も熱狂的なファンがい続ける物凄いカリスマ性を帯びたアーティストであるのは間違いない。さらに現在に近づいてくると、Saba(サバ)やLil Uzi Vert(リル・ウージー・ヴァート)、SiR(サー)やEarthGang(アースギャング)、Lil Durk(リル・ダーク)、そしてRoddy Ricch(ロディー・リッチ)と、カディの発言は受け継がれてきた。

こうして考えると、時代の趨勢がどうであろうと、世の中がどう思おうと、自分が感じている心の声に正直でいたほうがいいことがわかる。でないと、充実感を得られない、満足感を得られないことをやり続けることとなり、且つ、その後、それを受け継いでくれる人が現れない、もしくは、現れたとしても、自分の言葉がきっかけではなく、自分がそれに乗っかるほうになる、という”イノベーター”にはずっとなれないままとなる。そういった意味で、2010年に心の声に忠実にこのような発言をして、その後、それに続くフォロワーを確実にしたカディは、イノベーターであったといえる。

そのキッド・カディ(KiD CuDi)が16小節のヴァースで構成されたラップではなく、心の底から自分がやりたいと思っていた「歌」ができているミュージックビデオを3点、紹介します。

1. KiD CuDi – Mr. Solo Dolo III

2. KiD CuDi – Mojo So Dope

3. Kanye West feat. KiD CuDi – “Welcome To Heartbreak”

世の中には(いやYouTubeでも)キッド・カディを批判する内容のもので溢れているでしょう。メインストリームのHip-Hopカルチャーから外れたことをずーっとやってきた人間ですから。でもまさにカディにとっては「世の中に理解されない」ということが彼自身の個性であった。それに共感するアメリカ中の隠れ若者は多かった。公には公表していなくとも。そしてカディは生き続けた・・・

最後に、3週間前にリリースされた新曲「Neverland」のステージパフォーマンスを掲載して終わります。

(文責&キュレーター:Jun Nishihara)

あまりにも素敵なDJミックス動画(その②)

前回とは、対照的に、参加者不在のDJだけ(と、猫ちゃん)の動画を紹介します。今回も素敵な理由は3つあります。

①これは前回も同じでしたが、選曲とトランジションが素敵すぎる、です。

これはまさにself-evidentという形容詞が最も似合うくらい、自明の理です。選曲の良さ、移行(transition)のスムーズさ、は当然のことながら、僕が個人的に好きなのは、DJ Komoriのノリ方です。時にはリリックを口ずさんで、「Ella Mai!」って歌うところなんて最高ですね。プロのDJがスピンしているところの動画を自宅で見れるなんてなんて贅沢な世の中になったもんだ、ってこれを配信してくれているDJ Komoriに感謝です。(当時はクラブへ行くことでしかDJ Komoriのスピンが聴けなかったのに、いまでは毎晩(そして毎朝の通勤時に)聴けるって最高ですわ。)

②猫ちゃんがDJ Komoriのスピンを眺める瞬間

見ました?観ました?!これ奇跡なのか、いつもこの猫ちゃんはこうしてDJ Komoriがスピンしているところを観客席の一等地から眺めているのかはわかりませんが、これを初めて観る僕らからするともう「奇跡」としか言いあらわしようがない。その瞬間がこれです、@09:16 で身を乗り出してWhitney Houstonの「One of Those Days」の楽曲に移る移行の部分を見つめますよね。可愛いし、自分の親であるDJ Komoriへの敬意に満ち溢れたまなざしのようにさえ感じる。前回の動画は、NYの自然を相手にしたDJだとすると、こちらのDJ Komoriは動物さえもノらせるDJとして素敵すぎる瞬間です。

③サンセットと部屋の照明、そしてポスターのフレームに反射する都市の明かりと月明かり

これは前回もそうでしたが、僕が好きな動画は案外、暖かい色の照明に移行する(最初っからそうなんじゃなくて、これもグラデーションのように徐々に<移行(transition)>するところが味噌)DJミックス動画なのかもしれないと思えてきました。ポスターのガラスフレームに反射する外の街のトラフィックライトや車のヘッドライト、それから部屋の照明(lighting)、外の明るさの変化(これも移行(transition))、動画の冒頭はまだ外は明るさが残っている夕暮れ時、でも徐々に月明かりに移行して、後半は完全に外は暗い、でも都会のライトや明るさがほんのり暖かい。こんな素敵な動画を聴かせて/見せてくれているDJ Komoriに感謝です。

(文責&キュレーター:Jun Nishihara)

あまりにも素敵なDJミックス動画(その①)

この動画、素敵な理由が3つあります。

①選曲の良さ、移行のスムーズさ

DJ動画なので当然ながら、選曲が良いことと(新旧、古い曲も新しい曲も織り交ぜて)、そして移行(transition)がスムーズであることはさることながら、あえて移行をはずすということもしています。タイムライン @18:45 では、トランジションを敢えて外して、ドレイクの「エィ」が間(ま)を取り持つというワザを成し遂げています。

そしてハプニングが1つ。動画中でもテロップが出ますが、途中、スピーカーが接続不具合を起こし、音楽が途切れても、参加者が自ら歌い続けて、スピーカーが息を吹き返すまで、その熱を維持することに全員が一丸となって協力してくれるという奇跡が起きます。タイムライン @1:02:02 の箇所ですね。これって実は、次の②にも通じますが、こういうことですよね。

②参加者同士の関係、交わりが、素敵すぎる

上記①でも少し触れましたが、協力精神が半端ないですね。みんな全員が一丸となってこのパーティーを素敵なものにしている。そして参加者ひとりひとりが、心から楽しんでいるように見える。見ているほうも素敵な気持ちになってくる。リリックを口ずさんでいる人、踊りあかしている人、笑っている人、この動画、私もうすでに10回くらい観ましたが(っていうか通勤の時も流していますが(どんだけ好きなん笑))、その都度、注目する人を1人決めておいてその人を見てると、それぞれの人生が見えてくるような気がしておもしろい。たとえば、カニエの「All Falls Down」からDJの左手にいる白と黒のストライプジャケットの女性。この人がリリックを口ずさむのと、笑顔で人と話しているところを見ると、もしかして、別の動画でDJをやっている人なんじゃないか、というふうに、この人はどういう人生を送っているんだろう、R&Bかなり聴き込んでいるだけじゃなく自分でもLPをスピンしてる人なんじゃないか、とか想像を掻き立てれる、そういうところも楽しめる素敵な動画です。@08:20 には奥さん(パートナー)が飲み物を運んだりしてくれるところもあって、ロジロジ的な要素も垣間見れて、そういうところ、個人的には結構好きです(笑)。

③太陽が沈んだ後の外が暗くなっていく雰囲気が素敵すぎる

冒頭(@00:39)でDJが照明を落としますが、動画始終をとおして、外の明るさが段々と暗くなっていくという動画ならではの楽しみ方もできます。最初は外の背景が明るかったのが、途中、徐々に薄暗くなってきて、後半には真っ暗になっており、外のビルの照明が見えるくらい。これって夜寝る前に日記とかジャーナル書きながらこの動画を流すっていう使い方もできるから「思考の集中を邪魔しない適度な暗さ」っていう意味でも副交感神経にうったえる使える動画だなっていう風に思いました。ちなみにここNYのブルックリンでやってますが、DJ自身は西海岸出身で、いつもはNYとは天候も自然も気候も異なるカリフォルニアから配信しています。今回は初めてのNYからの配信動画らしいですね。動画の背景がブルックリンの道路に面していますが、NYらしいガラスと鉄の柵でできたドア(窓)で、この「冷たさ」と、照明(lighting)の「暖かさ」(途中からオレンジ色のライティングとキャンドルに移行)が対照的で、後半から外が真っ暗になり、オレンジ色の照明に包まれるっていう素敵すぎる現象(太陽の浮沈という自然を相手にしたDJ!)も起きています。

さて、その動画を以下のとおり紹介します。

(文責&キュレーター:Jun Nishihara)