JAY ELECTRONICAのアルバム『A Written Testimony』楽曲②「Ghost of Soulja Slim」(独断偏見ライナーノーツ)

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3月13日(金)に突如リリースされたアルバム『A Written Testimony』。ここへ来て,誰が想定していただろうか。10年以上,ジェイ・エレクトロニカのアルバムがリリースされることをファンは待ち,待ち,待ち続けていた。まるでDr. Dreの『Chronic 2.0』のごとく。しかし一向にリリースされない。10年以上待ってもこれなんで,ファンは半ば諦めかけていた。

そうしてジェイ・エレクトロニカの存在が人々の顕在意識から離れようとしていたまさにこの時,ジェイは突如アルバムをリリースした。

そしてアルバムを再生し,2曲目「Ghost of Soulja Slim』に入る時,JAY-Zの声が聞こえる。しかしクレジットにJAY-Zの名前は無い。ファンは驚く。え?えっ?この声はJAY-Zだよね?と。

そう,そのとおり。

そのJAY-Zのヴァースをいくつか引用してみる。

Next time they bring up the Gods, you gon’ respect us
(名人とは俺らのこと,リスペクトしな)

ヒップホップ界では互いのことをGodsと呼び合う。これはお互いにリスペクトの意を含めた呼び名であるが,おそらく最近の若手はこういう呼び名は使わなくなってきている。90年代〜2000年代前半に見られた呼び名で,つまり2020年の現代,そういう呼び名をしていたラッパーは既にベテラン,名人となっているということ。ここではジェイ・エレクトロニカの歌詞でよく登場する宗教的レフェレンスも含めた二重の意の含みを持たせている。

That lil’ vest ain’t gonna do you, I shoot from neck up
(防弾チョッキじゃ足りねえ,首から上は無防備だ)

ジェイ・エレクトロニカはイスラム教徒としてメッカ礼拝を行った。ここでは「neck up(ネカッ(プ))という音と「mecca(メカッ)」という音を重ねている。

I ain’t even tryna hold ya, Magnolia Slim
I’m a soldier from that mode, I’m the ghost of him

マグノリア・スリムの死に対し,誰を責め立てようとしてる訳でもない
俺はその世代に育った勇士(ソウルジャ)であり,ヤツの霊が俺の中に息づく

出ました。この曲のタイトルともなっている「Soulja Slim(ソウルジャ・スリム)」の名。アメリカ深南部(deep south)に位置するジャズ音楽やブラック・ミュージックの源流であるニューオーリンズ。ジェイ・エレクトロニカはそのニューオーリンズ出身。他に有名どころではLil Wayne, Juvenile, Mannie Fresh, Birdman等々が同郷出身。彼らはニューオーリンズ市のスラム街=マグノリア(Magnolia)エリアで生まれ育った。そしてそのマグノリア出身のヒップホップ・アーティストらが尊敬してやまないのが,2003年に亡くなったSoulja Slim又の名をMagnolia Slim。ジェイZはここで,「じぶんはこの世代の野郎だ。Magnolia Simの霊が俺の中に息づく」ということをヴァースで言っています。

Peaceful teaching of Rumi, but don’t confuse me
You mouth off for the cameras, I make a silent movie
Now here’s some jewelry
No civilization is conquered from the outside until it destroys itself from within

ルーミー開祖による平穏なる教え,勘違いすんな
カメラに向かってわめき散らすお前と,無声映画を製作する俺
金言を一つ教えてやろう
文明というものは,外部からの力で滅びるのではなく,とかく内部から腐り滅びる

ルーミー開祖というのは,イスラーム神学であるスーフィズムの重要人物であり,ペルシア(現・イラン)の詩人(1207年〜1273年)。実際に,イスラム教徒の国で本屋さんに入ると,ルーミー開祖が書いた詩集が沢山置いてある。1200年代の詩人であるのに,2000年代の現代になっても,いまだにイスラム教徒をここまで魅了するものとは何なのであろうか。

実際,彼の名=ルーミーにちなんで,JAY-Zとビヨンセは双子の息子をRumiと名付けた。

さて,ヴァース2ではジェイ・エレクトロニカ(Jay Electronica)がこうラップする。

If it come from me and Hov, consider it Qur’an
If it come from any of those, consider it Harām
The minaret that Jigga built me on the Dome of the Roc
Was crafted, so beautifully, consider this Adhan
From a hard place and a rock to the Roc Nation of Islam

俺とホヴァ(=JAY-Z)の曲,コーランの如く
他の連中の曲,ハラームの如く
ジガ(=JAY-Z)が俺のために建ててくれたミナレット,ロック・ドームのテッペンに
あまりにも美しき芸術,アドハーンの如く
苦悩に満ちたどん底から這い上がり到達した,ロック・ネーション・オヴ・イスラーム

ジェイ・エレクトロニカの公式デビューアルバムとして,冒頭の曲にふさわしい,イスラム・レファレンス満載の1曲。イスラーム教に関するレファレンスが次から次へと繰り出します。

1行目の「コーラン(クルァーン)」というのはイスラム教で最も聖なるものといわれている聖書のことです。
2行目の「ハラーム」というのは,ハラール(ムスリム教徒が食して良いとされる合法的と認められたもの)の反対語。つまり,イスラームとして認められていない(非合法の)もの。
3行目の「ミナレット」というのは,イスラム教の国に旅行したことある方であればご存知のとおり,イスラム寺院の尖塔(せんとう)であり,ここの上から人々に歌(アザーン=アドハーン)で礼拝の時を知らせます。
同じく3行目の「the Dome of the Roc」とは,ジェイZのレーベル=ロック・ネーション(Roc Nation)の軍団組織(ドーム)を指す。
4行目の「アドハーン」とは上記でも出た「アザーン」のこと。アザーンという歌をうたい,「これからお祈りが始まりますよ」という時をみんなに知らせる。イスラム教の国ではこれが1日に5回ある。タイミングは,早朝,正午,午後,日没後,就寝前。世界のどこにいても,これを守る。世界のどこにいても,メッカの方向を向いて,額を地面につけて,お祈りする。
5行目の「ロック・ネーション・オヴ・イスラーム」とは,Roc Nationと当サイトでも頻出しているNation of Islamaを重ね合わせている。

最後にJAY-Zがこうラップします。

Think of things I said that you hated then
Empirical facts that can’t be debated now
Things you say today, I was sayin’ then
Tell us who your favorite now

だから当時から言ってんじゃん,あんたらは聞きたくなさそうにしていたけどよ
経験に基づく事実,もはや今となっては火を見るよりも明らか
ようやく理解されようとしてきているけど,当時から俺が言ってたきたこと。
で,誰だっけ?あんたらが大好きなラッパーって

(文責・対訳:Jun Nishihara)

JAY ELECTRONICAのデビュー公式アルバム『A Written Testimony』ようやくリリース!(独断偏見ライナーノーツ)

音楽がまるでインスタント麺のように消費されている現代において,ここまで手間ひまかけて,時間をかけて作り上げられたアルバムは今,現代,とくに現代の音楽界において,とてもめずらしい。そしてこういったアルバムは,時間をかけて繰り返し聴き込まれるこことなるであろう。

2020年3月13日に全米リリースされたアルバム『A Written Testimony』(ジェイ・エレクロトニカ)のミニ・レビューを下記にて記しておきたいと思う。

まず1曲目,アルバムの冒頭からとても難しいスピーチが出てくる。これはルイス・ファラカーン師によるものであるが,ネーション・オブ・イスラームについては,前回当サイトでも3回に亘って取り上げたが,このアルバムに流れる一つの旋律である。

スピーチの冒頭いきなり,ルイス・ファラカーンはこう言う。

I don’t wanna waste any time
I ask the question, “Who are the real Children of Israel?”
And I’d like to answer it right away

(訳)
時間を無駄にしたくない
早速質問だ「イスラエルの真の子は誰か?」
その質問のこたえを今すぐ伝えておこう

確かに,時間は無い。これがヒップホップアルバムである限り,時間は無駄にできない。
だからこの一文はこれから聴いていくアルバムのテンポの良さを象徴させるセンテンスと言える。

さて,そのこたえはこうだ。

The honorable Elijah Muhammad has said that almighty God Allah revealed to him
That the black people of America are the real Children of Israel
And they, we, are the choice of God
And that unto us, he will deliver his promise

(訳)
イライジャ・ムハンマド師は,全能の神であるアッラーからお告げを聞いたという
「米国の黒人こそがイスラエルの真の子である」と
そして彼ら,我らが神に選ばれし者であると
そして我らに,約束された地が齎されるのだと

ここで思い出さなければならないのは,ジェイ・エレクトロニカ(JAY ELECTRONICA)はアメリカの深南部(deep south)であるニューオーリンズ出身であるということ(ニューヨークじゃないよ!)。1940年代,1950年代,つまり,ジェイ・エレクトロニカの祖父母は奴隷制度のまっただ中を生きたということ。アメリカの(北部ではなく,中西部でもなく)深南部に住む黒人が,最も酷い扱いを受けてきた奴隷であったということを思い出してほしい。それについては当サイトでも何度も取り上げてきた。その奴隷という過去を持つ,アメリカ南部の黒人にとって,「なぜ生きているのか」「生きる価値はあるのか」「死んだ方がマシだ」と自問自答してでも生きていかざるを得なかったあの世界で,イライジャ・ムハンマドが創設したネーション・オブ・イスラーム教団は,当時の虐げられた南部黒人にとって,唯一の救いであった,ということ。「我らが神に選ばれしものである」とか「我らに約束された地が齎される」のだとか,そういう傲慢でずうずうしいセリフをよく言えたもんだな,と勘違いされては困る。時代の背景が違いすぎる。現代の生温い平和ボケした我々が(おそらく)生きてきたであろう生活背景と違いすぎる。肌の色も違えば,人種も違う。当時の黒人が生きるために,これが唯一,すがれるものであった。

そういう南部の黒人の間で「共有された記憶(collective memory)」というものが,この曲で,一気にダムの箍(たが)が外れたように溢れ出す。そしてあのおぞましい奴隷の過去を想起させられたところで,我々は,次の2曲目を聴くことになる。

2曲目のレビューについては,次回に。

(文責:Jun Nishihara)

ヒップホップ音楽とイスラム教の関係 (アルバム『Ye』のリリースから今年6月1日で1年を経たいま振り返る(その②))

前回,カニエのラッパー仲間でイスラム教徒である人たちのお話をしました。
本日はその続きです。

黒人の歴史に根強く息づくネーション・オヴ・イスラームという思想ですが,どういったところにイスラム教徒のラッパー達(例えばモス・デフやルーペ・フィアスコ,バスタ・ライムスやスウィズ・ビーツ)は魅了されたのでしょうか。

1.アメリカ全土(特に南部)で奴隷制度は400年以上続きました。主人(マスター)と呼ばれる白人家族によって黒人(所有物)は奴隷として雇われました。家の中で雇われた奴隷(house negro)もいれば,炎天下のなか,屋外でこき使われた奴隷(field negro)もいました。外でこき使われ,綿やトウモロコシなどを積んでは鞭でぶたれ,水も与えられず重労働のみさせられ,人としてではなく所有物として扱われていた時代,ある黒人はふと思いました。こんなひどいことをする白人は何を信じているのだろうか。どれだけ教会に通って,神を信じているといっても,こんなひどいことをしていいというのか。こういうことをすることを教会で教えられているのか,と。この時代,ほとんどの白人はキリスト教徒でした。しかし白人の宗教(キリスト教徒)に疑問を持ち始めた一部の黒人は,やがて自分たちをひどく扱う白人の宗教(=キリスト教)からは離脱していき,イスラム教徒へと移り始めたのでした。

2.ひどい仕打ちを受けていた黒人たちは,麻薬に逃げ,白人女性を姦通し,あらゆる違法行為を犯し,刑務所に放り込まれました。これはほんとうに黒人が犯した罪もあれば,白人に迫害されて,行き場をなくし,どうしようもない時に,当時弱者であった黒人は,ほんとうは犯していない罪を被せられたというケースもありました。そういった時に,「いままで信じてきたもの(たとえば神様)とはいったい何だったんだろう」と疑問を持ち始めました。そこで,やさしい言葉で「イスラム教徒という素晴らしい思想がある。これを信じれば,麻薬からも救われるし,姦通からも救われるし,そういった犯罪をおかしたおまえも,アッラーは救ってくださる」という囁きを誰かしらから聞いたりします。そこで興味を持った今まではキリスト教徒であった黒人は,イスラム教徒へと移り始めます。

3.いままで当たり前のようにキリスト教徒として教会に通っていた黒人は,『マルコムX』という偉大な映画を観て,イスラム教(とくにネーション・オヴ・イスラーム)の存在を知ります。そこでは力強い言葉で「イスラム教は打ちひしがれた黒人のあなたを救ってくれる。これまで「黒人を」救うとはっきり言った宗教はこれまで存在しなかった。しかしイスラム教のみが「黒人を」救うと言っている」と,語られます。ここでいままで当たり前のようにキリスト教を信じていた黒人は,イスラム教に心を奪われ始めます。

キリスト教が白人を相手にして書かれた経典(Bible)だとすると,コーランは有色人種を対象として書かれたものである,という主張をネーション・オヴ・イスラームは広め,信者を増やしていきました。黒人の中でも特に奴隷として苦しい暮らしをしている人たちがNOIに救いを求めました。

しかしながら,実際,米国の統計センター(Pew Research Center)によりますと,アメリカ全土で考えてみますと,イスラム教徒である黒人はアメリカに住む黒人全体のわずか2%であり,その他黒人のほとんど(約80%)がキリスト教徒(カトリック,プロテスタント等を含む)との統計が出ております。

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つまり,映画『マルコムX』は非常に影響力があるものでしたが,それをマジでイスラム教徒に改宗した黒人の割合はほんの2%しかいなかったということですが,ここで新たに驚くべきことは,この2%の中の多くが,ヒップホップ界に君臨するアーティストである,ということです。黒人全体の2%しかいないのに,ヒップホップ界では,こんなにも多くの(前回ご紹介したとおり)ラッパーたちがムスリムなのですから。

ちなみに前回ご紹介した,熱心なイスラム教徒であるラッパー=ジェイ・エレクトロニカ(Jay Electronica)の楽曲「Exhibit C」のアラビア語でイスラームの祈りの言葉を発する箇所をもういちど聴いてみたいと思います。下記YouTubeのタイムライン3:11~3:17の部分です。

They call me Jay Electronica—fuck that
Call me Jay Elec-Hanukkah, Jay Elec-Yarmulke
Jay Elect-Ramadan, Muhammad as-salaam-alaikum
RasoulAllah Subhanahu wa ta’ala through your monitor

俺の名はジェイ・エレクトロニカ・・・はもう死んだ
これからはジェイ・エレク・ハヌカ,否,ジェイ・エレク・ヤルムルケ
ジェイ・エレク・ラマダン・ムハンマドと呼んでくれ,アッサラーム・ア・レイコム
ラスール・アッラー,スブハナフ・ワ・タッラー,そうモニターから祈りが流れ出す

註釈:
・ハヌカはユダヤ教のお祭りで,クリスマスの時期に行われる。「ハヌカー」とはヘブライ語で「奉仕する」という意味。神殿の清みの祭りとされる。
・ヤルムルケはユダヤ人が頭に被っている聖なる絹。
(ここから以下がイスラム教への言及)
・ラマダンは断食の月。前回も言及したように,夕刻のイフタールが来るまでは,厳しいところでは水も飲まない。(しかし最近は酷暑の国で水を飲まず死者が出たため,水分は取ることが推奨される。)
・ムハンマドとはイスラームの預言者の名前であるが,イスラム教徒のもっとも典型的な男性の名前でもある。
・アッサラーム・ア・レイコムとは,イスラム教徒同士が交わす挨拶であるが,おおもとの意味は「神の平和を」。
・ラスール・アッラー.スブハナフ・ワ・タッラーとは,「神の遣いよ,栄光に包まれ,喜びとともにあれ」という意味。

SAUDI-RELIGION-ISLAM-HAJJ
(上記のシーンは,映画『マルコムX』でも映し出される,世界中のイスラム教徒が一生に一度巡礼(=ハッジ)するといわれるサウジアラビアのメッカの模様。)

さて,次回は,いよいよ佳境に入ります。ネーション・オヴ・イスラームはいつから始まり,誰が始めたのか。そしてルイス・ファラカーンとはいったい何者なのか,ということを紐解いてみたいと思います。

(文責対訳:Jun Nishihara)