ちょこっと解説:ザ・カーターズ『Everything Is Love』論評記事

6月18日付ニューヨークタイムズ紙Culture欄にビヨンセ&ジェイZ改めザ・カーターズのニューアルバム『Everything Is Love』についての論評が掲載されていた。概ね良好のレヴューであり,ビヨンセ及びジェイZのリリックがところどころで引用されていた。

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本記事に引用されていた,ジェイZの歌詞を3箇所掲載することにする。

“I said no to the Super Bowl /
You need me, I don’t need you”
(スーパーボウル出演は断った/
俺に出て欲しいって? 俺はお断り)(訳:J.N.,以下同様)

“Time to remind me I’m black again, huh?”
(俺が黒人であることを,また意識させてくれたな)

“I’m good on any M.L.K. Boulevard.”
(キング牧師の名のストリートなら,どこでも俺はお似合いさ)

こうしてジェイZの歌詞が世界中で流通しているニューヨークタイムズの記事に掲載されているわけである。ニューヨークタイムズは日本ではジャパンタイムズ紙に挟まれて(セット発行されて)販売されている。同様に他国海外でもその国の英字紙にセット発行されて販売・流通されている。こうしてジェイZの歌詞は音楽を媒介としてだけではなく,世界中のビジネスマンやサラリーマンがコンビニや書店,待合室等で置かれているこの新聞を媒介として,流通されているわけだ。

ジェイZはそのむかし,コカインやクラックを流通させて“ハスラー”として名を挙げたわけであるが,彼は今こうして,世界で最も古い印刷物である「新聞」という媒体をとおして,歌の言葉(ライム)を流通させている。

むかしから,ジェイは「流通」にこだわった。だからconscious(意識が高い)なラップを避けてきた。コンシャスすぎるラップは売れにくいからだ。2003年リリースの名作『The Black Album』収録の楽曲「Moment of Clarity」でジェイZは,こうラップした。

“I dumbed down for my audience to double my dollars /
They criticized me for it, yet they all yell “holla” /
If skills sold, truth be told, I’d probably be lyrically Talib Kweli /
Truthfully I wanna rhyme like Common Sense /
But I did 5 mill’ – I ain’t been rhyming like Common since!”

(観客にもっとウケる曲を作るため,歌詞のレベルを低めてラップしてきた/
それを批判するヤツもいれば,それにノッてくるヤツもいる/
ラップのスキルが売れるなら,マジな話,タリブ・クウェリみたいにリリカルなラップしてるよ/
本来は,コモンのようにライムしたい/
だがそうせずとも,500万枚売り上げてきた
ー それ以来,コモンみたいにラップするのはやめた!」(訳:J.N.)

「流通」をさせるため,一方でウケる歌詞と,他方でタリブ・クウェリやコモンのようにコンシャスな歌詞とを,織り交ぜて,ラップしてきた。そのバランスがジェイの場合は特段に巧かった。ずば抜けていた。

今回,”Apeshit”では,フランスはパリのルーブル美術館でミュージックビデオを撮影している。正真正銘のモナリザ絵画の正面で。

ルーブル美術館で舞う黒人のダンサーたちが,白人を主とする西洋の美術や彫刻に囲まれて踊っているところが,なんともいえず美しい。これも「黒」と「白」のバランスか。

これがまさにキング牧師が夢見ていたことか。