追悼:ソウルの女王=アレサ・フランクリンがヒップホップに与えた影響

ヒップホップというのはおもしろいもので,昔に作られた古い曲をよみがえらせる力を持っている。

たとえば1972年1月にリリースされたアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)の「Day Dreaming」(シングルカットされたのは翌月の2月)という曲は,当時レコード盤で売り出され,B面には「I’ve Been Loving You Too Long」や「Border Song (Long Moses)」という曲が収録されていました。この「Day Dreaming」が収録されていたのは『Young, Gifted and Black』という名盤で,後に米国TVネットワークのVH1にて「音楽史上最も偉大なアルバム76位」に挙げられました。

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この「Day Dreaming」という曲をサンプリングして,よみがえらせたのがラッパーT.I.とキャムロン(Cam’ron)です。T.I.はアルバム『Trap Muzik』を2003年8月にリリースし,その中に「Let’s Get Away」という曲を収録しました(後にシングル曲としてリリース)。キャムロンはアルバム『Come Home With Me』(ヒップホップの名盤!)を2002年5月にリリースし,中に「Daydreaming」を収録しました(こちらも後にシングル曲としてリリース)。

T.I.の「Let’s Get Away」もキャムロンの「Daydreaming」も,アレサ・フランクリンの名曲「Day Dreaming」をベースに,サンプリングしています。YouTube等で検索して,聴いてみてください。

T.I.がこの曲を出したのは2003年です。大人気を博する直前,まさにヒップホップ界の若者として活動していた頃ですね。T.I.の時代はまだ始まっていなかったですが,「才能あるヤツだ」と誰もが認めつつある頃でした。そして2年後の2005年,T.I.は『Urban Legend』というアルバムをリリースし,遂にミリオンセラー(100万枚セールス超え)を達成しました。2006年にリリースしたアルバム『King』はビルボード第1位を獲得し,こちらもミリオンセラー達成(日本のオリコンチャートでも26位達成。アメリカのポップ音楽がオリコンチャートに登場するならまだしも,ヒップホップ曲が日本のオリコンチャートに入ってくるというのは稀であった時代です。)しました。

その後2008年にリリースしたアルバム『Paper Trail』もビルボード第1位を獲得し,このアルバムに至っては米国のみで200万枚セールス達成,ダブル・プラチナム盤の地位を獲得しました。2008年というダウンロード真っ盛りの時代に,ダブル・プラチナム盤獲得というのは,珍しく,稀有なことです。

そういったヒップホップ界の若手T.I.が爆発的人気を博する直前に出していたのが,アレサ・フランクリンの「Day Dreaming」をサンプリングし,ラップを乗せたこの曲です。ヒップホップ界では,「サンプリングネタ」というのは,昔の曲への究極のリスペクトと考えられています。古い曲を死なせない,むしろ,よみがえらせるという力をヒップホップは持っている。しかも若者が。

T.I.の「Let’s Get Away」はラップ曲でありますが,R&B風です。歌いやすく,耳にもやさしい。普段ラップを聴かない人にも,なじみやすい。親しみやすい。

そして,「Let’s Get Away」という「いま」の曲を通して,アメリカの若者たちは,古い曲を聴いているのでした。「T.I.ばっか聴いて育った」,という若者が,どこかでアレサ・フランクリンの曲を聞いたときに,「うん?これはどこかで聞いたことのある曲だな」とか言って,興味を持つかもしれない。それでツカミはできます。一度,ツカミ(hook)ができれば,あとはアレサ・フランクリンのパワーによって,惹きつけられるのみ。そうやって,惹きつけられれば,人はその音楽を聴いて,さらに他の曲も聞いてみたくなるでしょう。そうやって,40年の年月を経て,アレサ・フランクリンの昔の曲はよみがえり,生き返ります。

ヒップホップの「サンプリング」という技術はこういった素晴らしい力を秘めています。

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さて,そのT.I.の「Let’s Get Away」から,以下のリリックを取り上げます。

Bet they be like “I know he tired of the nightlife
He want a wife, he just lookin’ for the right type”
Yea right, I be ridin’ through the city lights
My hat bent, gettin’ high behind the ‘lac tint
I’m chilllin’ with Brazilian women, heavy accents
They black friends translatin’, got’em all ass naked, adjacent
Have relations wit’em many places
Leavin’ semen in they pretty faces
Make’em kiss they partners with it in they faces
Young pimpin’ sprung women ‘cross the 50 states
Got young ladies requestin’ “What’s Yo Name” on 50 stations
Askin’ me what’s a pussy popper, want a demonstration
But I ain’t waitin’ til the second date, I’m so impatient
Relieve’em of they aggravation, take’em rollerskatin’
On them Dayton’s, tell’em “Baby, stick with me, you goin’ places”
Go replace’em, draw erase’em out my memory
Moist panties and wet sheets when they think of me

まさか俺が「夜遊びなんて飽き飽きさ
奥さん候補の,まともな女,探してんのさ」なんて思ってるって?
んなバカな,今でもネオン街のド真ん中クルマで走って
キャップ傾けて,窓にスモーク張ったキャディラック乗って,ハイに飛ばしてる
ブラジル出身で,英語ナマリの激しい女たちと,くつろいで
黒人の女友達に通訳してもらって,ズボン脱がして,オシリむき出し
いろんな場所で,エッチして
カワイイ顔に愛汁ぶっかけて
顔に白いのつけたまま,女友達にチューさせて
アメリカ中の女を気絶させ,遊びまわって,若いしイケメンだし
アメリカ中の女子高生,俺の曲「What’s Yo Name」をリクエストするし
彼女たち「「マン突き」ってナニ?」だって,実演して見せてやろうか?
2回目のデートまで待てない,俺って超せっかちだからさ
彼女たちのストレス発散させてあげて,ローラースケートに連れてって
デイトンのリム(タイヤ)廻して,「ベイビー,俺について来な,いろんなトコへ」
次から次へと女を変えて,ハッパ吸って,記憶から消してって
彼女たち,俺のこと妄想して,パンティーずぶ濡れ,ベッドシーツ湿ってる

T.I.をとおしてアレサ・フランクリンを知った人も,そもそもT.I.は知っているけれど,アレサ・フランクリンを聴いたことない人も,どちらも良いと思います。後者の人もいつかアレサ・フランクリンをどこかで聞いて,「あ,この曲どこかで聴いたことある。T.I.の曲に似てるけど,ちょっと違う」とか言って,探してみると,実は「この曲」がオリジナルの原曲だった,ということを知ることになれば,ほんとおもしろいな,とか私は思います。音楽の楽しみには,「新しい曲」をとおして「原曲」というか「古い曲」を知る,ということにあると思います。

アレサ・フランクリンが亡くなった先週8月16日に,アメリカのあるラジオパーソナリティがインスタグラムでアレサ・フランクリンの素敵な写真をアップしつつ,こう書いていました。”Every time a real legend dies in music, I always think ‘who the hell do we have in the wings to uphold that excellence?'”(音楽史に残る伝説のミュージシャンが一人一人と死んでゆく時代に,私はいつも思う。「こんなに素晴らしい才能を受け継いでいける人なんて,この人以外にいるか」って。)

マイケル・ジャクソンが2009年に亡くなった日に私はこう書きました。「ポップの王は死んで,ポップを永遠の音楽にさせた。」と。ポップはトレンドです。移り変わってゆくものです。その時代,時代に合わせて,ポップは変わってゆくものですが,マイケル・ジャクソンは,その「移りゆくもの」を「永遠」の音楽にさせました。

アレサ・フランクリンは,これからも「Queen of Soul(ソウルの女王)」として,ヒップホップ界に敬愛されてゆくでしょう。そして,アレサの音楽は,ヒップホップをとおして,生き続けてゆくことでしょう。

(文責:Jun Nishihara)

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